94年のワールドカップ(W杯)米国大会の期間中、私は英国にいた。テニスのウィンブルドンとF1英国GPの取材だった。イングランドは出場を逃していたが、W杯が開幕するとロンドンは盛り上がった。バーのテレビの周りに人があふれ、ラジオは出場国とイングランドの仮想対決を実況した。“ドーハの悲劇”で初出場を逃すと、急速にW杯への興味が薄れた日本との温度差、文化の違いを肌で感じた。

 W杯開幕直後、日本のエースFWカズがV川崎(当時)からセリエAのジェノアへの移籍を発表した。私は現地の反応を取材するため急きょロンドンからジェノアの地元ジェノバに飛んだ。現地で雇った通訳とともに、ミラノからジェノバへ向かう途中、田舎町の小さなカフェに寄った。そこで5、6人の年配客がカウンターで激論を交わしていた。通訳によると内容は「バッジョを先発から外すべきか否か」。これはすごいと思った。

 前日、イタリアは前年度FIFA最優秀選手のFWロベルト・バッジョの不調が響き、アイルランドとの初戦に0-1で敗れていた。「イタリアの至宝」といわれた絶対的エースが、たった1試合の結果で国民の厳しい批判にさらされる。イタリアの選手が背負った計り知れない重圧に驚くとともに、この国に根付いたこのサッカー文化が、選手をたくましく成長させるのだとも思った。

 西野ジャパンは明日19日、いよいよコロンビアとの初戦に臨む。「若手かベテランか」「3バックか4バックか」「本田か香川か」。開幕2カ月前の監督交代という衝撃も重なり、議論が過熱した。選手には耳障りな雑音だろう。一方で私はあのイタリアのカフェの光景を思いだす。選手にはこの重圧を力に変えて、成長してほしいと思う。

 ちなみにジェノバでの取材で、地元の反応は厳しかった。大半が「カズって誰?」。公式ショップの店長の「彼が連れてくるスポンサーのお金が目当てなのさ」の小ばかにしたコメントには怒りを覚えた。あれから24年。欧州クラブに日本人選手が拡散し、もはや「スポンサー」の話をする人はいない。試行錯誤を繰り返しながらも、日本のサッカーは着実に世界に近づいているのだ。【首藤正徳】