畑岡奈紗(24=アビームコンサルティング)は悲願のメジャー初制覇を果たせなかった。単独首位から出て1バーディー、5ボギーの76と落として回り、通算3アンダー、285で、4位に終わった。1打差2位から出たツアー未勝利のアリセン・コーパス(25=米国)が通算9アンダーでメジャーで初Vを逆転で飾った。畑岡は「ショットの距離感が前後で合わなかったところがいくつかあった。昨日までならセーブできたところが、2、3メートルのパーパットが決まってくれなかったのが大きかった」と唇をかんだ。

コーパスとの首位争いは後半で明暗が分かれた。

前半はスタートの1番パー4でコーパスがバーディーを取り、首位に並ばれた。畑岡は3番パー4でボギーとし、一時は首位のコーパスと2打差と広がった。5番パー3で約3メートルを沈めてナイスパーセーブ後、6番パー5は2オン2パットでこの日初バーディー。9番パー4でボギーとしたコーパスと首位に並んで折り返した。

後半に入ると、まず10番パー4でコーパスがバーディーとして1歩抜け出した。畑岡は12番パー3で1メートル強のパーパットを外してボギー。14番パー5でも約2・5メートルを外す痛恨のボギー。コーパスとは4打差に広がり、優勝戦線から脱落した。

畑岡は単独首位で第3ラウンドを終えた時点で、メジャー初Vに向けて「しっかり自分らしくいいマネジメントをしてラウンドできれば」と淡々と意気込んでいたが、逃げ切ることはできなかった。

17年から米ツアーを主戦場として7年目。今季未勝利だが、ツアー6勝、日米通算11勝を挙げた実力者だ。開幕前も今季の目標に「メジャー優勝が一番」を挙げていた。1977年全米女子プロの樋口久子、19年AIG全英女子オープンの渋野日向子、21年全米女子オープンの笹生優花に続く日本人4人目のメジャー制覇は再びお預けになった。畑岡は4日間を振り返り「優勝を目指してずっとやってきているので、本当に悔しいし残念ですが、また次、こういうチャンスを作れるように頑張りたいなと思います」と前を向いた。

◆畑岡奈紗(はたおか・なさ)1999年(平11)1月13日、茨城・笠間市生まれ。茨城・ルネサンス高出。母の影響で11歳でゴルフを始める。17歳だった16年10月の日本女子オープンで、史上最年少優勝を果たしプロ転向。日本女子オープンは17年に連覇するなど3勝。17年から米ツアーを主戦場とし、翌18年6月初優勝。米ツアー6勝、日本ツアー5勝(うち国内メジャー4勝)。渋野日向子らとともに98年度生まれ「黄金世代」の1人。東京五輪9位。158センチ。

◆ペブルビーチ・リンクス

米国を代表するリンクスコースは世界一のパブリックコースとして知られ、ゴルファーの憧れの的。今回初めて女子メジャーが開催された。西海岸のサンフランシスコから南に約2時間。太平洋を望む風光明媚(めいび)な半島で、1919年に開場した。

47年から男子の米ツアーが行われ、全米オープン選手権は過去に6度開催。72年はジャック・ニクラウス(米国)が優勝。2000年はタイガー・ウッズ(米国)が2位に15打差をつける圧勝と歴史に残る名勝負を生み出した。全米プロ選手権も1回開催された。女子ゴルフではツアー競技が実施されたことがある。海に向かって打ち下ろす7番パー3(107ヤード)は名物ホールとして知られる。