「日本柔道の花形」と形容される男子最重量級にフランス人の絶対王者が君臨している。100キロ超級でオリンピック(五輪)2連覇、世界選手権8連覇のテディ・リネール(30)だ。このほど、日刊スポーツの取材に応じ、国際大会152連勝中の「負けない柔道家」が、3連覇を狙う20年東京五輪への思いを語った。【取材・構成=峯岸佑樹】

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絶対王者に「柔よく剛を制す」という言葉は当てはまらない。203センチ、150キロの巨体ながら、俊敏さを兼ね備える。その肉体はまさに筋肉の塊だ。リネールは、3連覇を狙う東京五輪へ並々ならぬ決意を口にした。「柔道の故郷で必ずタイトルを取る。今からドキドキしている。残りの準備期間で100~150%の状態にして、目標を達成してみせる」。

子供の頃は、陸上やサッカーなどに取り組み「戦うことが合っていた」と5歳で柔道を始めた。素行が悪く、親に「柔道をやるか」「少年院に入るか」と迫られたこともあった。14歳で強化指定選手となり、18歳で出場した07年世界選手権で井上康生らを破って初優勝。10年世界選手権無差別級決勝で上川大樹に判定負けして以降、国際大会152連勝中と圧倒的な強さを誇る。「負けて生まれ変わった。追われる立場となってさらに強くなった」。長い手足をしなやかに動かし、右手で奥襟を取って相手の頭を下げさせる。太い腕で相手の動きを封じ、十分な体勢になるまで得意の内股や大外刈りを繰り出さない。慎重かつ繊細な性格で、ここぞのタイミングで豪快な一本勝ちを収める一方、指導3による勝利も多い。「つまらない柔道」とやゆされることもあるが、安定感抜群の負けない柔道で白星を重ねてきた。

「常に全力」という言葉を大切に、勝利への異常な執念を持つ。「勝つことが大好き。全てのことで勝ちたい」。根っからの負けず嫌いで、子供相手のテレビゲームやじゃんけんでも勝ちにこだわる。柔道では絶対王者として、稽古でも試合を想定して「1度も背中を畳につけない」と決めている。国際大会や合宿には、専属コーチやトレーナーらを帯同させ「チームリネール」となって世界中を駆け回る。合宿では乱取りの他、ジュニア時代から指導を受ける体重60キロのシャンビリーコーチと素早い組み手や寝技強化に励み、それ以外は独自の筋力トレーニングに時間を費やす。137キロをベスト体重とするが、16年リオデジャネイロ五輪後の長期休養でケーキを食べ過ぎて165キロまで増量。それ以降は、栄養士に徹底した食事管理を受け、肉体改造に取り組んでいる。年齢を重ね、柔道との向き合い方も変化した。「頭脳が大きな武器になっている。体力が衰えても周りは『強い』と評価するが、自分では『強くない』と感じている。今は常に勝つための最善策を逆算して考え、これまで以上の稽古に励んでいる」。

東京五輪では、個人戦の他、男女混合団体が初実施される。柔道大国フランスは決勝で日本と対戦する可能性がある。「金メダルを2個取る大きなチャンス。東京で世界で一番きれいな景色を見るよ」。さらに、その先には24年パリ五輪がある。母国での大舞台を競技人生の集大成と位置づけ、「(五輪3連覇の)野村忠宏さんを超えて、五輪4連覇を狙いたい。柔道界だけでなく、スポーツ界のシンボルになりたいんだ」と壮大な夢を描く。前人未到の偉業に向け、30歳の絶対王者は東京五輪を通過点にするのか。それとも、競技発祥国の日本が意地を見せるか。答えは半年後、柔道の聖地、日本武道館で出る。

○…リネールは、意外な顔を持つ。競技引退後を考え、17歳でパリを拠点とするスポーツビジネス会社を起業。スポーツマーケティングを学ぶ学校も開校し、経営者としても活躍する。欧州での大会では、時短のためヘリコプターをチャーター。柔道を「最優先」とするが、「ボス(=社長)とパパの仕事もあるから忙しいよ」。フランスでは、最も影響力のあるスポーツ選手で1位に輝いたこともあり、レキップ紙が昨年4月1日のエープリルフールに「リネール柔道引退。ラグビーに転向」と報道して、大きな反響を呼んだ。

○…「打倒リネール」を掲げる男子100キロ超級は近年、めまぐるしく変化している。リオ五輪後のルール改正もあり、動けて技も切れる「スプリンター系」が優位となっている。18年世界王者のトゥシシビリ(ジョージア)や100キロ級から転向した19年世界王者のクルパレク(チェコ)らが台頭。そこにリオ五輪銀メダルの原沢久喜(百五銀行)が加わり、10年間負けなしの絶対王者も五輪3連覇へ油断出来ない状況だ。

◆テディ・リネール 1989年4月7日、フランス・グアドループ生まれ。パリで育ち、5歳で柔道を始める。07年世界選手権100キロ超級で、18歳5カ月の男子史上最年少優勝記録を樹立。08年北京五輪銅メダル。12年ロンドン、16年リオ五輪金メダル。国際柔道連盟(IJF)アスリート委員会委員長。得意技は大外刈り、内股。尊敬する人は井上康生。愛称はテディベア。好きな食べ物はクスクス。家族構成は妻、子供2人。203センチ、150キロ。