競泳日本代表の主将を務めた池江璃花子(25=横浜ゴム)が、涙ながらに再出発を誓った。

4日、世界選手権が行われたシンガポールから羽田空港に帰国。メダル獲得を目指した本命種目の50メートル、100メートルでともに準決勝敗退となり「もちろん病気(白血病)のこともそうですが、自分が一番悔しいのは、すごくたくさんの方に応援していただいた。その方たちにメダルを見せたかったけれど、それがなくて、すごく悔しい。まだ『帰ってきた』と言うのには早かったな、というのがあります」と涙を流した。

日本を出発前には「名前ばかりが知られて、結果が伴っていなかった。しっかりここで“結果も伴う選手”になって、戻ってこられたらと思います」と誓いを立てていた。自らのレースで目標達成とはいかなかったが、主将としての務めを果たし、日本水泳連盟の倉澤利彰競泳委員長は「池江選手のレースが終わってからも、応援席で『ゴミを拾って帰ろう』とか『率先して若手から動いていこう』といった指示がキャプテンから出ていた。最後の全体的なミーティングでも『選手がこうしたい』ということを、きちんと要望として、あげてくれました」と感謝した。

集大成と位置付ける28年ロサンゼルス五輪(オリンピック)まで3年。涙を拭った25歳は「自分の力を過信していました。『50メートルでは絶対に戦える』という自信があって、そこの過剰な部分が自分を今、苦しめちゃった結果になっている。あまり自分を信じるということはしない方が、結果につながるというか、自分にプレッシャーを与えすぎずに試合に臨めると思います」と今後を見据えた。【松本航】