新型コロナウイルス感染拡大で1年延期となった東京オリンピック(五輪)に向け、選手たちは歌のチカラとともに、前に進む。超一流は、どんな1曲を励みにしているのだろうか? 大みそかのNHK紅白歌合戦を前に、東京五輪代表や、出場を目指す、そしてそれにかかわる選手たちに、イチ押しの曲を挙げてもらった。「歌は世につれ世は歌につれ」-。いずれも選手たちの背中を押すような曲、それぞれの素顔がうかがえるような特別な曲が並んだ。

バレーボール 西田有志(20=ジェイテクト) ブルーハーツ「人にやさしく」

スパイクを放つ西田有志(2018年7月29日撮影)
スパイクを放つ西田有志(2018年7月29日撮影)

強烈なメッセージソングだ。1985年にデビューしたブルーハーツが、87年にリリースした「人にやさしく」。テレビドラマの挿入歌などにも採用された。西田が生まれる13年前の曲だが、お気に入りの1つ。新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言中は、自宅でできるカラオケゲームにはまった。専用のマイクを使って歌うが、これが楽しい。「僕単純なんで、音楽でも頑張れ!と言われると明るくなり、救われる気がします」と声を弾ませた。コロナ禍で気がめいる時があっても、つい口ずさんでしまう。コート上では圧倒的なプレーを披露する西田もまた、音楽の力のすごさを感じている。

柔道 影浦心(25=日本中央競馬会) BUDDHA BRAND「人間発電所」

影浦心(2016年12月4日撮影)
影浦心(2016年12月4日撮影)

トレーニングなどでテンションを上げたい時に聞く曲だ。発売から20年以上たつ日本語ラップの名曲で「昔のラップだけど、時間とともに曲も成熟しているようで、それがまた最高です。ジムや移動中などに何百回と聞いたけど、常に前向きな気持ちになれる」。先日、東京五輪男子90キロ級代表の向翔一郎らと、趣味の釣りをしに葛西臨海公園へ向かう車中でも聞いて盛り上がったという。その一方で、柔道着を着ていると、音楽は一切聞かない。「自分の中の切り替えで、柔道の時は周りの声や畳の音がBGM。道場の音を耳にするとなぜか集中できる」と話した。

競泳 松元克央(23=セントラルスポーツ) Mr.Children「終わりなき旅」

ガッツポーズする松元克央(2019年7月23日撮影)
ガッツポーズする松元克央(2019年7月23日撮影)

競泳ニッポンの「カツオ」は「この曲の歌詞で、高い壁を登るという部分、高い方がいいといったところが、特に気に入っています」と言う。19年の世界選手権(韓国・光州)の200メートル自由形で日本人初の銀メダル。欧米の壁にはね返されてきた花形種目で快挙を達成した。「自信を持ってレースに臨むために、日ごろから練習で自分を追い込むことを徹底しています。でも、あまりの練習のきつさで、自分に負けそうになった時には“東京オリンピックで金メダル獲得”という大きな壁を登った後の景色を想像して、頑張っています!」として、まさにこの1曲にも後押しされての、“登りガツオ”を宣言した。

陸上 ディーン元気(28=ミズノ) エミネム「Not Afraid」

男子やり投げディーン元気(2020年8月23日撮影)
男子やり投げディーン元気(2020年8月23日撮影)

ディーンは世界的ラップ歌手の名を挙げた。「ラップが好きなので、エミネムはよく聞くんですよね」。特に好きなのが「Not Afraid」だ。もちろんスマートフォンのプレイリストにも入っている。「勝負を恐れない。そんな気持ちになれますね」。試合や練習へ向かう時の感情の調整にも、音楽を積極的に活用している。気持ちが高ぶり過ぎている時は、落ち着く曲を流し、テンションをアゲたい時は、「Not Afraid」などラップを聞くことが多い。12年ロンドン五輪以降の低迷から、20年は完全復活を予感させる活躍だった。仕切りなおしの東京五輪へ、再び世界に名をとどろかす存在に成り上がる。

レスリング 文田健一郎(25=ミキハウス) Creepy Nuts「かつて天才だった俺たちへ」

世界選手権優勝を決め、ガッツポーズで駆けだす文田健一郎(2019年9月17日撮影)
世界選手権優勝を決め、ガッツポーズで駆けだす文田健一郎(2019年9月17日撮影)

「僕もですけど、若い時は何でもできて、悩むことは少ない。でも、今は、めっちゃ(悩むことが)あります。この歌の歌詞は、今に“ドはまり”なんです」。20年に聞きほれた1曲だった。曲名のように、一流アスリートの幼少期はみな「天才」かもしれない。それが大人になるにつれ、容易には乗り越えられない壁も出てくる。その昔は神童と呼ばれ、現在は、悩み抜け、そしてその時に解き放てというように訴えかける歌詞が印象深いという。文田も五輪1年延期の中で試行錯誤しながら攻撃の幅を広げようともがく。「歌を聞いて、自信を持てば、何でも出来るんだとあらためて思っています」と顔を上げた。

バレーボール 石井優希(29=久光スプリングス) BTS「Dynamite」

サーブを放つ石井優希(2018年10月19日撮影)
サーブを放つ石井優希(2018年10月19日撮影)

韓国の男性音楽グループ「BTS(防弾少年団)」の勢いは、とどまることを知らない。米音楽界最高の栄誉とされる第63回グラミー賞の候補にノミネートされるなど、今や世界的グループだ。代表曲の「Dynamite」については「ノリが好き!」と太鼓判を押す。車の運転時や遠征先への移動中には、音楽が欠かせない。「基本的にJ・POPを中心に聞いていますが、洋楽とK・POPのミックスした曲も良いですよね」と話す。「後悔しない結果を出すためにやり切る」と誓う東京五輪でも、お気に入り曲が手放せそうにない。

柔道 芳田司(25=コマツ) Perfume「再生」

一本勝ちする芳田司(2019年9月1日撮影) 
一本勝ちする芳田司(2019年9月1日撮影) 

やる気をチャージしてくれるお気に入りソングだ。2月末に東京五輪57キロ級代表に決まったが、3月に五輪延期が決定した。自粛期間中は、自らの体重で負荷をかける自重トレーニングなどをしながら、気分を上げるためにYouTubeでPerfumeのダンスを猛特訓した。特に頭から離れない独特のイントロが大好きだという「再生」のダンスを何度も練習した。「この曲を聞くと自然と元気が出る。歌詞の限界まで生き抜くという表現にも共感するし、練習後の帰り道などに聞くと、疲れていても前向きな気持ちになれる」。コロナ禍の影響で実戦から1年離れる。初の夢舞台の開催を信じて“元気の源”とともに最大限の準備を進める。

競泳 長谷川涼香(20=東京ドーム) 嵐「ファイトソング」

ガッツポーズの長谷川涼香(2020年10月3日撮影)
ガッツポーズの長谷川涼香(2020年10月3日撮影)

曲との出会いは、試合前に着替えている最中だった。携帯音楽プレーヤーで、カップリング曲を収録したアルバム「ウラ嵐マニア」を聞いて、心に残った。「歌詞の中にある『悩んだり、へこんだりした時を受け入れ、明るい未来で、笑い合うことで、進むべき方向が見えてくる』という内容がいいです」とお気に入りだ。東京で、前回のリオデジャネイロ大会に続く2大会連続の五輪出場を目指す20歳は、8月に200メートルバタフライで自己ベスト2分5秒62をマークした。19年世界選手権の優勝タイムを上回る好記録だった。「レース前に背中を押してくれます。落ち込んだ時に聞いたりすると、励まされます」と、今年で区切りを迎える国民的グループ、嵐の曲と一緒に泳いでいく。

陸上 田中希実(21=豊田自動織機TC) SEAMO「Continue」

田中希実(2020年12月4日撮影)
田中希実(2020年12月4日撮影)

北海道マラソンで2度の優勝を誇る母千洋さんの姿を幼少期から見ており「母、私の陸上の姿勢にリンクしている」と共感している。08年に日本テレビ系ドラマ「夢をかなえるゾウ」の主題歌となり、お気に入りの歌詞がある。負け=終わりではなく、終わりはやめることだ、と訴える部分。放送当時はまだ9歳で、ドラマが深夜帯だったため「母が『いい歌や』と連呼していて…。録画したのを家族みんなで見ていました」と笑う。普段の試合前は睡眠や読書で準備を整えるといい、ふと聞くたびに、背中を押される曲だ。12月の日本選手権で女子5000メートルを初制覇し、トラック、フィールド種目で最初の東京五輪内定者となった。海外勢が強力なトラック種目だが、諦めずに努力を続ける。

卓球 石川佳純(27=全農) 倖田来未「Eh Yo」

得点を挙げガッツポーズを見せる石川佳純(2020年1月19日撮影)
得点を挙げガッツポーズを見せる石川佳純(2020年1月19日撮影)

「昔から倖田来未さんが好きです」。昨年、石川が苦しんで苦しんで世界ランキング日本人2位に入り、東京五輪女子シングルスの代表に決まった五輪選考レースでも「いっぱいこの歌を聞いていました」という。これが自分のベストである、といった部分を示す部分から力をもらい、「自分のベストを出せばいいという歌詞が、自信を持たせてくれた」と振り返った。五輪選考レースは2位の座を平野美宇と争いワールドツアーの最終戦、グランドファイナルまでもつれ込むほど精神的に厳しいシーズンだった。石川は倖田に対し「歌ももちろん大好きなんですけど、誰にでも優しく、プロフェッショナルな姿勢が大好きです。人間的にもすごく好きです」と語った。

<五輪とテーマ曲>

「五輪と歌」といえば数々の曲がある。各大会の名場面を思い出すたび、そのシーンとともに頭の中で再生される1曲がある。五輪の1曲といえば、やはりNHKの放送テーマ曲だろう。夏季大会におけるその歴史は1988年(昭63)ソウル大会で始まった。浜田麻里「ハート・アンド・ソウル」から。パワフルな歌声が、思い出される。

続く1992年(平4)バルセロナ大会は、寺田恵子「パラダイス ウィンド」。女性ロックバンドの草分け的存在、SHOW-YAのボーカル、寺田恵子がソロになって発表した1曲。2大会続けて女性ロックシンガーという選択だった。

1996年(平8)アトランタ大会は、大黒摩季の14枚目のシングル曲「熱くなれ」。名曲「ら・ら・ら」などに続き、オリコンのシングルチャート1位を獲得した。

2000年(平12)シドニー大会は、ZARD「Get U’re Dream」。女子マラソンで金メダルを獲得した高橋尚子がラストスパートに入る際、サングラスを投げたシーンとともに、記憶に刻まれる1曲でもある。

ここまで、女性アーティストが続いたが、2004年(平16)アテネ大会で、初めて男性の歌う曲が採用された。ゆず「栄光の架橋」。もはや、説明不要。体操男子団体の日本が金メダルを獲得した瞬間、NHKの刈屋富士雄アナウンサーの名実況、「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ」-。これほどまでに、曲とスポーツの名場面が結び付いたことはない。

2008年(平20)北京大会は、Mr.Children「GIFT」。競泳男子の北島康介が100メートル平泳ぎと、200メートル平泳ぎで2大会連続2冠の偉業を成し遂げて放った名言、「何も言えねえ」は、この曲の素晴らしさを表現する際にも使えそうだ。

2012年(平24)ロンドン大会は、いきものがかり「風が吹いている」。1曲収録のシングルとして発売され、価格は開催地にちなみ、610(=ロンドン)円だった。

そして、2016年(平28)リオデジャネイロ大会安室奈美恵「Hero」。惜しまれつつ2018年(平30)に引退した歌姫の1曲は、五輪に出場する選手1人1人、それぞれが主役でヒーローであることを示すようなタイトルだった。

なお、東京大会については大みそかの「第71回NHK紅白歌合戦」でが歌う「カイト」、嵐と米津玄師のコラボにより作られたこの曲が、「NHK2020ソング」と位置付けられている。