日本オリンピック委員会(JOC)や関連スポーツ団体が、アスリートを悩ます性的画像・動画被害防止に向けて活発な動きを見せている。SNSやネット上にある悪質な投稿を発見して対応に当たるのは一筋縄ではいかないが、現役選手だけではなくOGからも期待する声が相次いでいる。選手、メーカー、加害者側などさまざまな意見を紹介しながら、被害撲滅のための対策を考える。

「マナーを守って観戦する人が増えてくれるとうれしいです」と語る坂口佳穗(撮影・平山連)
「マナーを守って観戦する人が増えてくれるとうれしいです」と語る坂口佳穗(撮影・平山連)

東京オリンピック(五輪)ビーチバレー女子代表を目指す坂口佳穗(24=マイナビ/KBSC)は、かねて悩んでいた1人だ。「今まではしょうがないのかなと思っていました」と話すが、JOCが対策に乗り出したことなどで心境が変化。「嫌なことは嫌なので口にしやすくなった。声を上げていいんだと背中を押されました」と歓迎している。

18年、レシーブする坂口
18年、レシーブする坂口

-被害で心当たりは

「観客席近くにボールを拾いに行った時、カメラを向けられたことがありました。メディアの方は気にならないんですが、明らかにおかしい感じで撮っている人に関してはイラっときます」

-注意をしたことは

「ないですね。やっぱり怖いです。スタッフさんに言って注意してもらうことはありました。そのおかげで、どこかに行ったりとか、携帯をポケットに入れたりしてくれました」

-ネットで画像が出ているのは知っていたか

「なんとなくは知っていましたが、わざわざ検索しないので、どんな画像が出ているのかは知りません。両親にこのことについて話したことはないですけど、ビーチを始めたときは嫌だったんじゃないかなと思います」

18年、ポイントを取りガッツポーズする坂口
18年、ポイントを取りガッツポーズする坂口

競技歴7年目を迎えるが、露出度が高いユニホームを着用することに抵抗はなかった。「最初はスースーするから恥ずかしかったですが、動きやすい」。砂浜でコート上のボールを追い掛ける水着姿の選手たちは、競技を始める前と変わらずかっこいい存在だ。

「新ビーチの妖精」と称され、12年に引退した浅尾美和さん(34)と比較されることも少なくない。注目されることで、練習環境など支援が整い、競技の魅力も伝わると喜ぶ。その一方で、撮影被害は改善しなくてはいけないとの考えも強い。

10年、大勢の観客に手を振り入場する浅尾美和。ビーチバレーの人気向上に一役買った
10年、大勢の観客に手を振り入場する浅尾美和。ビーチバレーの人気向上に一役買った

「かっこよくない写真をネットに上げられて、いい気をする人がいるわけない。そういうことを考えればいいだけの話。ビーチバレーだから、水着だからという話をしているわけではないんです」

-ご自身が思う対策は

「写真撮影は全席禁止が良いと思います。その上で、ファンブースみたいなのを作って、選手と撮りたい人が撮ればいい。プレー中のかっこいい写真を撮りたいという人もいるかもしれませんが、そういう人には申し訳ないです。プロが撮った写真を売るというのもありなのかな。海外の試合では、小さい子からお年寄りまで盛り上がれる。選手も一緒になって雰囲気づくりを考えなきゃいけません」

-メディア側に求められていることは

「メディア側も考えなきゃいけないという立場に立っているということが分かること自体、私は大きな1歩だと思います。別に考えなかった時代もあるだろうし、考えなくていいやと思うメディアもまだあるだろうし。かっこいいところを取り上げて欲しいなと思います」【平山連】

笑顔でインタビューに応える坂口(撮影・平山連)
笑顔でインタビューに応える坂口(撮影・平山連)

◆坂口佳穗(さかぐち・かほ)1996年(平8)3月25日生まれ、宮崎県串間市出身。父がインドアバレーの監督をしていたことから競技を始め、小学1年~中学卒業まで9年間経験。高3時に父とビーチバレー大会を観戦し、魅力にはまる。武蔵野大入学とともにビーチバレーを始め、大学3年より本格的にツアー参戦。最高成績はマイナビジャパンツアー19ファイナル優勝。得意なプレーはオーバーセット。172センチ。

<記者の目>

坂口が口にした「声を上げていいんだ」という言葉が、印象に残っている。試合会場で悪質な撮影を試みる人がいても、当初は気にしないようにするしかないと諦めていた。スポーツ界全体で性的ハラスメント防止に向けて動きだす。その方針が示されたことに、坂口の表情や声色は感謝と期待感でいっぱいだった。

スポーツ報道に携わる記者も、今回の件で大きな責任が伴うことを改めて自覚した。アスリートを悩ます問題解決に向けて実効性のある対策が欠かせない。

「メディア側でも変化が求められるかもしれない」と記者が口にした後、坂口から共感が得られたことを歓迎する言葉が出た。記者として、どんなことに気を付けるべきなのか。自分なりに考え続けていきたい。【平山連】

■加害者の主張は…

性的と受け取られる画像を頻繁にSNSに投稿している男性が昨年12月、メールで取材に応じて「この行為をやめるという選択肢はない」と強硬な姿勢を示した。男性のSNSには、新体操やビーチバレー選手の下半身を捉えた写真が200枚以上投稿されている。撮影だけではなく、必要経費を得るため販売行為にも及んでいた。規制が強まる日本から脱出し、今は中国に滞在しているという。

撮影を続ける理由について、男性は「セクシーな女性アスリートを嫌いな人はいないと思いますが、私のような人間は、その要素が強すぎるのだと思います。アスリートや公衆の面前で踊るチアリーダーを撮影する行為は、本当に『迷惑行為』なのでしょうか?」。現役のアスリートから被害相談が寄せられてもなお、やめるつもりはないという。男性は「撮影者にも表現の自由がある」と独自の主張を展開した。

■JOCなどが声明「卑劣な行為」

JOCなど7団体は昨年11月、「アスリートの盗撮、写真・動画の悪用、悪質なSNS投稿は卑劣な行為です」との共同声明を発表した。

スポーツ庁を訪れ被害からアスリートを守るため、(1)関係者間での情報交換の場の設置(2)競技会場などでの盗撮防止に関する事例共有への協力(3)関係省庁との連携を要望した。室伏広治長官は「要望いただいたところに取り組んでいく」と全面支援を約束。

悪質なSNS投稿など情報提供を呼び掛ける特設サイトを設けており、JOCによると昨年11月末までに300件を超える報告が寄せられた。

■ミズノ社アスリート支援明言

ミズノ社で陸上競技ウエアの企画を担当する美濃辺淳氏
ミズノ社で陸上競技ウエアの企画を担当する美濃辺淳氏

選手にユニホームを提供するスポーツメーカーは、今回の問題をどう受け止めているのか。大手ミズノ社で陸上競技ウエアの企画を担当する美濃辺淳氏は、アスリートの被害防止に向けて「改善していかなければいけないと強く思う」と力を込める。

セパレートタイプの陸上ユニホームは、海外の選手が着用したことがきっかけとなり、20年ほど前から普及してきた。腹部につっぱり感がなく、動きやすいことが特徴だ。ネット上では「露出の高いユニホームを着ている方が悪い」といった心ないコメントも見かけるが、JOCの籾井圭子常務理事は、「それは『性犯罪は被害者が悪い』というのと同じ理屈。相手にするつもりはない」とぴしゃり。ミズノの美濃辺氏も、「アスリートの方がとやかく言われるのはかわいそう」と選手に寄り添う。

選手や指導者の声は、メーカー側に対しては「それほどまだ上がってきていない」(美濃辺氏)という。昨年11月にJOCなどが出した共同声明を受け、大会会場などで選手らの声を直接集めたいところではあるものの、コロナ禍でそうした機会が限られ、もどかしい状況が続いている。それでも美濃辺氏は「今後聞き取りを進めていく中で、露出の少なさと機能性を両立するウエアへの需要が多ければ、それをつくれるように動いていかないと」。

解決への道のりは平たんではない。それでもメーカーとしてアスリートを守り、サポートを続けていく決意は固い。【奥岡幹浩】

◆これまでの経過

▽昨夏 複数の現役女子陸上選手が日本陸上競技連盟のアスリート委員会へ被害を相談した。

▽同10月 JOCが、女性アスリートへの性的な撮影被害や画像拡散の問題について、スポーツ界全体で防止に取り組んでいく方針を確認。

▽同11月 JOCの山下泰裕会長らスポーツ関連の7団体の代表者がスポーツ庁の室伏広治長官に要望書を提出。該当すると思われるSNS投稿やウェブ掲載の情報提供を受け付ける特設サイトも設置された。