東京オリンピック(五輪)の開幕が9日後に迫る中、実は新型コロナウイルス対策の規則集「プレーブック」の効力は今月1日から運用されている。2度の改定で厳格化された規則集はアスリートや大会関係者に、どの程度の感染対策を求めているのかをひもとく。実際、競技会場の現場で従事する医療スタッフはコロナ禍の難しい大会で、どう対策を取りつつ救護活動に当たるのか。五輪3大会(04年アテネ、08年北京、12年ロンドン)で日本選手団に医師として帯同した組織委員会の赤間高雄メディカルディレクター(63=早大スポーツ科学学術院教授)に話を聞いた。【取材・構成=平山連、木下淳、三須一紀】

プレーブック
プレーブック

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プレーブックでは大会時のコロナ対策は組織委メインオペレーションセンター(MOC)内の「感染症対策センター」に一元化され、各地の保健所とともに陽性者や濃厚接触者の対応に当たる。大会時の医療統括を担う赤間メディカルディレクターは、従来よりも一層難しいかじ取りを強いられることを覚悟している。

-どんな業務を担った

赤間氏 医療スタッフを集めることです。選手用のスタッフは専門学会や競技団体に頼みました。観客用のスタッフは大学病院などに依頼して医師や看護師を派遣してもらいました。

-準備状況は

赤間氏 派遣元の大学病院ではコロナ対応に当たっている所もあったため、スタッフの調整が難航しました。緊急事態宣言中は招集できず現場研修も遅れました。急きょ無観客が決まったこともあり一部の会場では配置が完全には決まっていない所もありますが、関係者が一体となって最後の調整を進めています。

各競技会場では選手やコーチら競技関係者の治療に当たる専門医師・看護師と、大会関係者に対応する医師・看護師に分かれる。医療スタッフは総勢約7000人。大会関係者の応対をする医療スタッフの手順には、コロナ対策を敷いた跡が見える。

<1>2人1組で行う救護ボランティア「ファーストレスポンダー」が会場内を巡回し、傷病者を探す<2>現地に向かう前にPPE(個人防護具)と呼ばれるマスクやゴーグル、手袋が適切に装着されているのか確認する<3>傷病者の状態をチェックし、医師の指示を仰ぐ。

-大会関係者がコロナを疑われる場合の対応は

赤間氏 体温を測定して発熱や新型コロナウイルス感染症が疑われる場合、医務室ではなく隔離室に行ってもらう。緊急性のない場合は再度の体温測定を含む診療になり、隔離室での滞在は15分~30分程度を想定しています。

-選手にとって気がかりな点は

赤間氏 取材エリアのミックスゾーンです。多数の関係者と接触することが想定されますが、選手も関係者も滞在時間が少ないので競技場内での感染リスクはもともと低いと思います。

-多くの会場が無観客になったが、医療スタッフはどのくらい減るのか

赤間氏 観客用に配置する医療スタッフがゼロになることはありません。オリンピックファミリーやメディア関係者の体調が悪くなった場合も診察に当たらなければいけません。ただ、観客を入れない場合、負担はかなり少なくなります。

-陽性者が出た場合は

赤間氏 プレーブックにも書かれている通り、感染症対策センターが主体となり対応に当たります。そもそも選手の中で大きなクラスターが起きれば、五輪開催自体が危うくなります。

-大会まで残り少ない

赤間氏 医療スタッフはプロだから医療行為は心配していない。一方、運営スタッフの多くはオリンピックを経験したことがなく、私自身も医療サービスを提供する側の経験は初めて。

-ぶっつけ本番の事態も出てくるのではないか

赤間氏 はい。日々刻々と変わるコロナの状況の中で、想定していなかった問題も出てくるかもしれない。全員が全力でやるべきことをやっていく。

東京五輪・パラリンピック組織委員会メディカルディレクターの赤間高雄さん
東京五輪・パラリンピック組織委員会メディカルディレクターの赤間高雄さん

◆赤間高雄(あかま・たかお)1957年(昭32)12月17日生まれ、栃木県出身。筑波大医学専門学群卒業、同大学院医学研究科修了。日本選手団の医師として夏季五輪3大会に帯同。04年アテネで銀メダルを獲得したアーチェリー男子の山本博は印象深い選手の1人で「試合後に医務室へ顔を出してくれて、喜びを分かち合った」とやりがいを感じた瞬間。15年から大会組織委員会に加わり、16年リオデジャネイロと18年平昌(ピョンチャン)冬季では現地の医療体制を見学した。趣味はラグビーと宴会。

<プレーブック要旨(主にアスリート・大会関係者)>

入国時に空港でコロナ検査
入国時に空港でコロナ検査

(1)出国前検査 7月1日以降に入国する選手や関係者から適用。各自の出国96時間前に2度の検査を義務化(うち1回は72時間以内)。2月発行の初版では「72時間に1回だけ」だったが、4月の第2版で厳格化

滞在中
滞在中

(2)滞在中検査 選手は、選手村や指定ホテルで唾液検査を毎日実施。検体は選手団の担当者、チーム監督らが採取して管理する。初版は「最低4日に1度」だったが、第2版で「毎日」に。第3版で「午前9時か午後6時に提出」とし、昼と夜に競技が分かれる選手に対応した。大会関係者やメディアは隔離中3日間は毎日、その後は選手との接触頻度に応じて毎日、4日に1回、7日に1回となる。抜き打ちの検査も実施予定

(3)確定診断 唾液検査で陽性の場合、同検体でPCR検査を実施。そこでも陽性となれば、陰圧室などが完備された選手村の発熱外来へ。より詳しい鼻咽頭でのPCR検査を行い、確定したら村外の宿泊療養施設や指定病院に搬送される。該当選手は大会に出場できない。濃厚接触者の出場可否は専門家グループが判定

(4)行動制限 選手は毎日検査などを守れば、到着日から申告した会場等で練習可能。ただし、海外からの参加者が入国後すぐ活動する場合は3日間の監督者帯同が必要。スマートフォンのGPS(衛星利用測位システム)も活用し、違反の疑いがある場合は同意の上で行動履歴を提出させる。電源オフや放置も罰則対象。接触確認(COCOA)と健康観察(OCHA)の両アプリもダウンロード必須

(5)移動手段 原則公共交通機関は使用不可。地方会場には新幹線の1両貸し切りなどで対応予定。専用バスや大会専用ハイヤーのほか、条件付きでレンタカーなど「自己手配車両」も利用可能。観光地や繁華街などに出向かないよう、責任者が同乗または追走して監視することが必要。選手は帰国するまで外出不可。関係者や報道陣は入国後15日目以降なら街中に出られる

(6)宿泊先 選手は事前合宿地や選手村、組織委の指定ホテル。大会関係者やメディアは指定ホテル泊が原則だが、自ら手配した宿泊施設(民泊以外)がコロナ対策要件を満たしていれば利用できる。要件を満たせなければ宿泊先の変更必要

(7)食事 アスリートは選手村や試合会場のダイニングが基本。関係者らはコロナ対策が施された宿泊先のレストラン、自室でのルームサービスやデリバリー利用が推奨されている。一方で、それが難しい場合は公共交通機関を使用せずに行くことができるコンビニ、コロナ対策を順守したレストランの個室も可能。国内在住者との接触を回避できるのか懸念する声も上がる

 
 

(8)衛生管理 選手間の距離は原則2メートル(施設の広さによって最低1メートル)確保。マスクは常時着用、不織布推奨。屋外で2メートルの距離があれば熱中症を避けるため外してもいい。せっけんと温水を使用した30秒以上の手洗い、手指消毒剤の使用を可能な限り。ハグや握手など接触、歌うなど大声を出しての応援禁止。パラリンピック関係者は車いすなどを除菌シート等で定期的に消毒。介助が必要な場合は2メートル免除。日本を出国後も14日間は自国で体温測定

(9)その他 喫煙・飲酒はコロナ陽性時の療養期間中だけ禁止の明記あり。選手団からフリー記者まで、組織ごとにコロナ対策責任者(CLO)の任命が必須。CLOは東京2020感染症対策業務支援システム(ICON)でメンバーを管理。ワクチン接種は推奨されているが、義務ではない

(10)罰則 意図的な検査拒否、本邦活動計画書に記載のない場所への訪問等、ルール違反者に対しては大会参加資格の剥奪、一時的または永久の大会除外、金銭制裁、政府が国外退去措置を取る可能性があると明記