「五輪を楽しむためのキーワード」を特集する第6回はスポーツクライミング編。初採用された東京オリンピック(五輪)では、スピード、ボルダリング、リードの3種目複合が実施される。なじみのない専門用語が多々あり、プロクライマーの大田理裟(28)に「基礎編」、フリークライマーの大場美和さん(23)に「技術編」を解説してもらった。【取材・構成=峯岸佑樹】

自宅の壁を登る大田理裟(本人提供)
自宅の壁を登る大田理裟(本人提供)

オブザベ、一撃…。クライマーが使う言葉は独特で、会場では多くの専門用語が飛び交う。大田に初心者向けの「基礎編」として、五輪前に「覚えておきたい用語」を聞いた。頻繁に耳にする、この3つを最重要ワードとして挙げた。

▼課題=人工壁にホールド(突起物)で構成されたコース。プラスチック製のホールドの色や形は多種多様でかわいい。

▼オブザベーション(通称オブザベ)=課題を下見する行為。身ぶり手ぶりを交えながら体の動きを想定する。戦術を練るこの準備時間が重要で、空間認知能力も求められる。

▼一撃=初めてのトライで課題を完登すること。理想的な登り方で、完登の中でも最も高い評価が得られる。

その他にも、手汗でホールドが持ちづらくなることを「ぬめる」、腕が疲れて握力を失うことを「パンプ」、指を負傷することを「パキった」などと言う。まるで若者言葉のようだが、老若男女のクライマーたちは“公用語”として使っているから驚きだ。

大田は「いきなり難解な用語を理解するのは難しいかもしれないが、競技はシンプルで分かりやすい。根本的には、頭脳と体力を駆使して難題の壁をいかにクリアできるか。課題を完登した時の達成感は格別で、パズル的要素も持っているスポーツ」と競技の魅力を伝えた。

五輪を観戦する上で、選手たちの(1)ダイナミックかつ繊細な動き(2)筋骨隆々の肉体美(3)指の強さの3点の注目ポイントを挙げた。「体格を生かした、人間業とは思えないようなスパイダーマンのような動きが見られるはず。他競技にない逆三角形の広背筋や、鍛錬の証しでもある太い指先にも目を向けてほしい」。

選手を応援する際には「ガンバ!」を使う。これだけは絶対に覚えて代表4人に激励の言葉を送ろう。

◆大田理裟(おおた・りさ)1993年(平5)1月27日、山口県生まれ。中2で競技を始める。山口・新南陽高-山口県立大。リードが主戦場で14年アジア選手権2位、15年世界ランク8位。テレビ山口の情報番組「mix」のスポーツコーナー担当。趣味はゲーム。162センチ。血液型A。


ボルダリングの壁を登る大場美和さん(スポーツビズ提供)
ボルダリングの壁を登る大場美和さん(スポーツビズ提供)

大場さんには「技術編」として、競技におけるムーブ(動き方)を中心に解説してもらった。

▼トウフックとヒールフック=ホールド(突起物)の位置に応じて、体を安定させるために使う足技。トウフックはホールドにつま先から足の甲、ヒールフックはかかとをひっかける。東京五輪で現役引退する野口啓代はヒールフックを得意とし「選手の足の掛け方にも注目すると、より競技の奥深さを感じられるはず」と説明した。

▼ランジ=ジャンプしてホールドに飛びつく。近年のボルダリングの大会では必ず出てくるムーブで、ダイナミックな動きのため盛り上がる。リードでもゴール前の最後の1手など使われることがある。

▼コーディネーション=ランジして、さらに1手出すなどの連続した動き。ここ数年で主流になり五輪でもこの動きは出てくると予測。新しい動きであり、選手と作り手の戦いでもある。瞬発力がある男子代表の楢崎智亜の武器でもあり、海外勢から「ニンジャ」「楢崎の周りだけ重力がない」と評されている。

大場さんは日本代表として切磋琢磨(せっさたくま)した仲間たちに「4人とも金メダルの可能性がある。多くの方に感動を与えられるような登りを期待している」とエールを送った。

◆大場美和(おおば・みわ)1998年(平10)3月7日、愛知県生まれ。愛知・光ケ丘女高-フェリス女学院大。15年アジアユース選手権ボルダリング優勝など。18年に競技引退。インターネットプロバイダーのCMに出演し「校舎をよじ登る女子高生」として話題に。趣味は漫画。163センチ。血液型O。

<その他の専門用語>

核心 課題攻略の重要な箇所

トップ(T) 課題のゴール

ルートセッター 壁に課題を作る人

レスト 競技中の一時休憩

スラブ 90度未満の緩傾斜の壁

上裸(じょうら) 上半身裸の略

クリップ 中間支点にロープをかける

テンション ロープのたるみをなくす

鯉のぼり 体を真横にして筋力アピール

悪い 課題が難しい

 
 

◆スポーツクライミング 東京五輪ではスピード、ボルダリング、リードの3種目複合で争う。スピードはホールド(突起物)の位置が国際統一基準で定められ、2人で高さ15メートルの壁を登るタイムを競う。ボルダリングは高さ4~5メートルの壁に多数のホールドが設置され、複数の課題(コース)に挑んで制限時間内の完登数を争う。壁の高さ12メートル以上のリードは制限時間内での到達高度が記録となる。複合の総合点は3種目の順位をかけ算して算出する。例えば、スピード5位、ボルダリング1位、リード3位ならば「5×1×3」で15点。点数の少ない方が上位となる。24年パリ五輪ではスピードが単種目になり、ボルダリングとリードの2種目複合が実施される。

<スポーツクライミング五輪代表>

楢崎智亜
楢崎智亜

◇楢崎智亜(24)TEAM au

19年世界選手権複合金 

類いまれな跳躍力でニンジャの異名

原田海
原田海

◇原田海(22)日新火災 

18年世界選手権ボルダリング金

冷静沈着で大舞台に勝負強い

野口啓代
野口啓代

◇野口啓代(31)TEAM au

19年世界選手権複合銀 

豊富な経験値と驚異的な指の強さ

野中生萌
野中生萌

◇野中生萌(23)XFLAG

16年世界選手権ボルダリング銀

圧倒的なパワーと強いメンタル

<待機場所のヒミツ>

大会で選手たちは壁裏などに設置される「アイソレーションゾーン」と呼ばれる待機場所で出番を待つ。公平性を保つために、課題や他選手の登り方を見ることができないようにするため。スマートフォンなどの電子機器は持ち込み禁止で、3~4時間待機する選手もいる。過ごし方はルート攻略をイメージしたり、仮眠や卓球台などの遊具で気分転換するなどさまざま。滑り止め用の「チョークバック」から瞬間接着剤を取り出して、ひび割れした指の応急処置を施す光景も多々見られるという。

(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「東京五輪がやってくる」)