「世界に誇る日本のすごい技」第3回は、東京オリンピック(五輪)スポーツクライミング男子代表の楢崎智亜(24=TEAM au)が編み出した「トモアスキップ」。スピード種目で、スタート直後の左側のホールド(突起物)を飛ばして登る“必殺技”だ。万能クライマーならではの発想力で弱点だった種目を克服し、ここ数年で驚異的な成長を遂げている。【取材・構成=峯岸佑樹】

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楢崎智亜が編み出した「トモアスキップ」
楢崎智亜が編み出した「トモアスキップ」

■進化を証明

楢崎は今年3月のスピードジャパンカップで進化を証明した。準決勝で自身が持つ日本記録を0秒11上回る5秒79、さらに決勝では5秒72と好タイムを連発して初優勝。「練習でも出たことがないタイムで驚いた。五輪に向けてまだまだ伸ばせるし(5秒48の)世界記録も見えてきた」と胸を張った。

成長の裏には「トモアスキップ」の存在がある。高さ15メートルのスピード壁は、ホールドの配置や形状は世界共通。楢崎はスタート直後、壁の左側にある下から3番目のフットホールドと4番目のハンドホールドを使わず、一気に5番目のハンドホールドに飛びついて直線的に登る。手足を同時に動かす難易度の高い動きだが、体を左側に移動する動作を省いて0・3秒近くタイムを短縮した。

■爆発的瞬発力

5年前。スピード、ボルダリング、リードの3種目複合が東京五輪競技に初採用された。当時、国内には国際連盟公認のスピードの施設は1つもなく、海外から後れを取っていた。ほぼ経験ゼロの日本勢は「スピード強化」が、最大の課題となった。そんな中、楢崎は弱点から逃げずに「陸上の短距離のように分かりやすくて純粋に面白いスポーツ」と捉えて、前向きに研究を続けた。スピードで初出場した17年10月のW杯呉江大会(中国)では7秒85で30位に終わったが、強みである爆発的な瞬発力をいかした動作を習得するために試行錯誤を重ねた。

■突然ひらめき

18年7月の代表合宿で、突然ひらめいて「トモアスキップ」を考案。毎回新たな課題(ルート)に挑むボルダリング出身者らしい発想で、先例にとらわれない登り方を開発した。翌8月のジャカルタ・アジア大会で初披露して以降、タイム短縮の大きな武器となった。日本代表の安井博志ヘッドコーチ(46)は「スピードの専門選手にはない斬新な発想で、走り高跳びの主流の跳び方が『ベリーロール』から『背面跳び』に変わったぐらいのアイデア」と評したほどだった。

スピードの強化と魅力にはまり、昨年には強豪インドネシアのコーチに指導を受けた。「量と質」を意識したパートごとの反復練習を取り入れ、雑になりやすいホールドの持ち方など細部の精度までこだわった。今年1月には体重増を懸念して控えていたウエートトレーニングを解禁し、下半身強化にも励んでいる。「ホールドを蹴り上げる力がつき、体が速く上がりすぎて手の処理が追いつかない時もある」と驚くほどの効果を実感している。世界のスペシャリストが考案した「マルチンスキップ」や「サブリ・サブリ」というショートカット技も貪欲に吸収。中盤以降に左右の体を振らず、最短距離でゴールに到着する動作を習得しつつある。

2秒以上離れていた世界記録との差は0秒24まで縮まり、射程圏内に入った。2カ月後の初の夢舞台で、五輪王者となるためには1種目のスピードが大きなカギとなり、2位以内を狙う。「自分の強みはスピードとボルダリング。成長過程だが、伸びしろは十分にある。大舞台ほどワクワクするし、世界にどれだけ強いか証明したい」。

■世界記録射程圏内

スポーツクライミング界のウサイン・ボルトとなるか。五輪の1年延期を経て、さらに進化を続ける日本の「ニンジャ」は頂点だけを狙う。

◆スポーツクライミングの主な専門用語◆

課題 人工壁にホールドで構成されたルート

オブザベーション 課題を下見する行為

一撃 初トライで課題を完登する

ランジ ジャンプしてホールドに跳びつく

ぬめる 手汗でホールドが持ちづらくなる

パンプ 腕が疲れて握力を失う

核心 課題攻略の重要な箇所

トップ(T) 課題のゴール

ルートセッター 壁に課題を作る人

レスト 競技中の一時休憩

スラブ 90度未満の緩傾斜の壁

上裸(じょうら) 上半身裸の略

クリップ 中間支点にロープをかける

テンション ロープのたるみをなくす

コイのぼり 体を真横にして筋力アピール

悪い 課題が難しい

<続々と奥義継承>

18年12月、笑顔でホールドをつかむスポーツクライミングの18年W杯ボルダリング年間女王の野中生萌
18年12月、笑顔でホールドをつかむスポーツクライミングの18年W杯ボルダリング年間女王の野中生萌

○…今では複数の日本選手が「トモアスキップ」を導入し、好記録につなげている。男子だけでなく、東京五輪女子代表で前日本記録保持者の野中生萌もいち早く習得した。日本山岳・スポーツクライミング協会は17年から「スピード強化プロジェクト」を推進し、定期的な記録会や専門家の分析などを行っている。施設整備も進み、岩手県や鳥取県などでも国際規格を満たす競技用の壁が続々と完成。野中はクラウドファンディングで資金を募り、東京・豊島区の立大に私用の練習壁を設置。東京五輪で現役引退する野口啓代は、茨城県内の自宅に専用壁を建設して練習に励んでいる。

◆スポーツクライミング 東京五輪ではスピード、ボルダリング、リードの3種目複合で争う。スピードはホールドの位置が国際統一基準で定められ、2人で高さ15メートルの壁を登るタイムを競う。フライングは失格。ボルダリングは高さ4~5メートルの壁に多数のホールドが設置され、複数の課題(コース)に挑んで制限時間内の完登数を争う。壁の高さ12メートル以上のリードは制限時間内での到達高度が記録となる。複合の総合点は3種目の順位をかけ算して算出する。例えば、スピード5位、ボルダリング1位、リード3位ならば「5×1×3」で15点。点数の少ない方が上位となる。24年パリ五輪ではスピードが単独種目になり、ボルダリングとリードの2種目複合が実施される。

スピード
スピード
ボルダリング
ボルダリング
リード
リード
スポーツクライミング五輪代表
スポーツクライミング五輪代表

◆楢崎智亜(ならさき・ともあ)1996年(平8)6月22日、宇都宮市生まれ。兄の影響で小5からクライミングを始める。同時期にやっていた器械体操が競技に好影響を与え、実力を伸ばした。宇都宮北高卒業後にプロ転向。16、19年W杯ボルダリング年間総合王者。19年世界選手権複合金メダル。体脂肪は常時2~4%。趣味は読書。弟明智(22)も日本代表で活躍。170センチ、60キロ。

ガッツポーズする楢崎智亜(2019年8月21日撮影)
ガッツポーズする楢崎智亜(2019年8月21日撮影)

(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「東京五輪がやってくる」)