突然の大会方式の変更にも、選手たちはたくましかった。17日、お台場海浜公園で行われたパラトライアスロンのW杯。来年のパラリンピックのテスト大会として午前6時30分に開始予定だった。国際トライアスロン連合(ITU)などによる実施検討委員会の話し合いは午前2時45分から。大腸菌の数値上昇でスイム中止が選手団に通達されたのは午前3時37分だった。

「これがトライアスロンだから」とPTV1(視覚障がい)男子のデイブ・エリス(英国)は平然。PTS5(運動機能障がい)男子の佐藤圭一は「スイムの中止は想定していた。環境に合わせて準備するのは当然なので」と話し「プレ大会でデュアスロンを経験できたのはプラスになる」と前向きに言い切った。

整えられた環境の中でタイムを争う競技とは違い、常に与えられた環境の中で順位を競うのがトライアスロン。「悪条件も全員が同じ」というのがトライアスリートの考え方だ。もともとは距離や競技方法などもバラバラで、現在スタンダードと呼ばれる51・5キロのコースも五輪基準として設定されたにすぎない。

海でなく、川や湖を使うコースもあるし、オフロードで争う「クロストライアスロン」も盛んに行われている。トライアスリートの根っこには、より過酷なコースに挑戦する冒険心がある。「完走者は全員勝者」というのも、他のスポーツにはない考え方だ。だからこそ、選手たちは環境の変化に強い。突然の変更にも平常心でいられるのだ。

大会側の中止の決定も、選手たちは歓迎。PTWC(車いす)女子で優勝した土田和歌子が「初めての経験だったけれど、選手のことを考えてくれてのもの」と話した。PTS4男子4位の宇野秀生も「関係者の方たちが選手の安全を考えて決めてくれたことは、うれしい」。それでも、来年に向けて「できれば、パラリンピックはトライアスロンでやってほしい」と話していた。【荻島弘一】