柔道男子60キロ級(視覚障害)の広瀬誠(39=愛知県立名古屋盲学校教)が銀メダルを獲得し、日本選手団メダル1号となった。3位決定戦で敗れた12年ロンドン大会後、引退を決めていたが「娘3人に戦う姿を見せたい」と再起。自身3大会ぶりのメダルを手にした。
「お父さーん、頑張れー」。観客席から3人の娘の声援が響いた。世界ランク1位のナモゾフ(ウズベキスタン)との決勝は、開始10秒で技ありを奪われ、最後は内股を返されての合わせ技一本で負け。声援に勝利で応えることはできなかったが、「出せるものは出した。これが今の実力」と、すがすがしい表情で振り返った。
表彰式では上着ポケットから1枚の写真を取り出し、胸に当てた。出国前に長女優宇ちゃん(6)次女巴恵ちゃん(3)三女若奈ちゃん(2)に柔道着を着せて自宅で撮影した。「お守りとして試合前に見ていました。『娘たちにメダルを絶対に持ち帰るんだ!!』と言い聞かせていました」。
高1で柔道を始めたが、2年のときに視覚神経が萎縮するレーベル病を発症し、視力が急激に低下した。不安を拭ってくれたのが、大好きな柔道だった。銀メダルを獲得した04年アテネ大会から4大会連続でパラリンピックに出場。階級を66キロ級に上げたロンドン大会でメダルを逃し、“引退”を決めたが、「娘に大舞台で戦う姿を見せたい」との思いで現役を続行した。
「強いお父さんでいたい」というポリシーがある。勤務先の同僚の妻里美さん(35)と06年に結婚し、子宝に恵まれた。今大会が「集大成」と決めたから、治安が悪いリオにも家族を連れてきた。「娘たちが僕の障害について考える時が必ずくる。その時にこの日のことを思い出してほしい。目が見えなくても『やりがいを持って生きている』ということをきっと分かる。言葉で教えるのではなく、背中で教えたかった」。
合宿や大会直前の減量、トレーニングなどで家族との時間が少なく、迷惑をかけてきた。「これからは子どもと遊ぶ時間を作りたい。近所の公園で一緒に走り回りたいな」。広瀬は完全燃焼したような表情でそう言った。【峯岸佑樹】
◆広瀬誠(ひろせ・まこと)1976年(昭51)11月22日、愛知県西尾市生まれ。西尾東高1で柔道を始め、高2の時に視覚神経「レーベル病」を発症。特別支援学校教員になるために、筑波大理療科へ進学。04年アテネ大会は銀メダル、08年北京大会は7位、12年ロンドン大会は5位。ともえ投げと寝技を得意とする。体脂肪率は6%。趣味は子どもと遊ぶこと。家族構成は妻と3女。166センチ、63キロ。


