陸上のパリオリンピック(五輪)男子20キロ競歩代表の濱西諒(24)は、スーパー店員として週4日勤務しながら競技を両立させ、五輪への道を切り開いた。

大阪・履正社高から競歩を始めた長男をずっと見守ってきた母さとみさんには、強く印象に残った出来事があるという。

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母さとみさんには忘れられない光景がある。諒が高校生の時のこと。仕事を終えて帰宅すると、玄関に「猪突猛進」としたためられた縦長の半紙が飾られていた。小学生の頃から書道を習っていた息子の力強い文字。「びっくりしましたよ。これと決めたらまっすぐやる子ですね」と懐かしそうに振り返る。

高校時代には、よく「ちょっと歩いてくるわ」と家を出て、片道10キロ弱ある梅田まで黙々と自主練習に励んでいたという。生活の軸は競歩。学校のスキー教室も「ケガをしたらあかんから」と、自ら参加を控える徹底ぶりだった。

名前の諒には「まこと」という意味が込められている。「素直にまっすぐ育ってほしいと思って名づけました」。さとみさんが願ったように、まっすぐに目標へ突き進む力があった。だからこそ、働きながらでも五輪出場をかなえることができた。【竹本穂乃加、藤塚大輔】

◆濱西諒(はまにし・りょう)2000年4月24日、大阪・豊中市出身。豊中市立第四中で陸上競技を始め、履正社高で競歩と出合った。高2時の17年アジアユース選手権1万メートル競歩代表。高3時の18年福井国体では少年男子共通5000メートル競歩で優勝。明治大を経て、23年からサンベルクス所属。幼少期から阪神を応援しており、初めて買った選手のユニホームは新井貴浩(現広島監督)。高校時代は1学年上に安田尚憲(ロッテ)、1学年下に井上広大(阪神)がいた。アイドルグループ「櫻坂46」のファン。身長173センチ。