日本のエース高梨沙羅(21=クラレ)が、ついに五輪のメダルを手にした。1回目103・5メートルで3位につけ、2回目も103・5メートル。2回合計243・8点でジャンプ女子初のメダルを獲得した。金メダル候補と期待されながら4位でメダルを逃して涙した4年前のソチ大会。悪夢の日から1461日、ソチの呪縛を自らの力で解き放ち、新しい時代を切り開いた。
小雪舞う平昌の空に着地と同時に両手を突き上げた。下で待ち構えていた伊藤の胸に飛び込む。後から2人が駆けつけ、今度は4人で抱き合い泣いた。悪夢の日から1461日。高梨がソチの呪縛を自らの力で解き放ち、日本女子初の銅メダルを手にした。「最後にここにきて一番いいジャンプが飛べた。何より日本のチームのみんなが下で待っていてくれたことがすごくうれしかった」と言葉を詰まらせた。
今季、W杯を席巻した2強と互角に渡り合った。1回目は軽い向かい風を受け103・5メートルで3位。トップに立ったルンビ(ノルウェー)2位のアルトハウス(ドイツ)との差はわずか。逆転を目指して飛び出した2回目。同じ103・5メートルと飛距離は伸ばせなかった。2強は抜けなかったが、4年前の雪辱は果たした。「記憶に残る、そして競技人生の糧になる貴重な経験をさせていただいた」と感慨にふけった。
14年ソチ五輪前、金メダル候補としてのしかかる重圧で体調を崩し、ホテルで倒れ病院に搬送されたこともあった。それほどの思いを胸に乗り込んだ最初の五輪はまさかの4位。今でも「ソチの悪夢を見る」と時間が過ぎても消えない心の傷。自分自身との闘いだった。
救ってくれたのが、ファンの声だった。「力になりました」「感動しました」。ジャンプで励ますはずが、逆に励まされた。家にはファンからの手紙が入った大きな段ボールがある。その1つ1つが、再び歩き始めるきっかけとなった。「悔しさを忘れてはいけない」と誓って歩き出した。
自分が変わるしかなかった。ジャンプに集中するあまりに周囲が見えなくなることがあった。幼少期からつける「沙羅ノート」に、会場の施設や他選手の動きだけではなく街の雰囲気、カフェの場所なども書き込むようになった。立ち寄った店で店員と話し、地元の人と会話を楽しんだ。化粧をして、ドライブもした。「ジャンプに関係ないことが、実は重要だったりする」。そう気づいて変わった。
集大成の今季。テーマは「信」だった。ジャンプ台で横、正面、真後ろと3台のビデオカメラを設置。「第3の目」を取り入れ多角的に分析した。動作解析も行った。やれることはすべてやって自分を信じられるところまで高めた。それでも「まだ自分は金メダルを取る器ではないことが分かった。競技者としてもっと勉強していかなきゃいけない」。高梨の第2章がここから始まる。【松末守司】