「『ペッ』ってやれたら、済むじゃん」。日本新記録を更新した寺田明日香(31=ジャパンクリエイト)は、心境の変化を口にした。予選で12秒87(追い風0・6メートル)を記録。4月の織田記念で自ら出した、12秒96の日本記録を0秒09も上回った。決勝も12秒89(追い風0・3メートル)と安定感ある走りで優勝。好調の要因を、寺田はこう分析した。

「1回(陸上を)やめたのが大きいです。ずっと陸上選手をやっていると、0秒01の重みをすごく感じている。『“ペッ”ってやれたら(記録の更新ぐらい)済むじゃん』と思えたのは、タイムから離れたのが大きいと思います」

08~10年と日本選手権3連覇。国内屈指の実力を誇った寺田は、13年に1度現役を引退した。結婚し、翌14年には長女の果緒ちゃんを出産。16年12月には日本ラグビー協会のトライアウトに合格し、7人制ラグビーに打ち込んだ。そこにあったのは、タイムに縛られない日々だった。

18年12月に陸上復帰を表明し、1シーズン目の19年9月に12秒97の日本新記録樹立。日本女子が12秒台に突入した瞬間だった。

それから2年。この日の予選では初めての12秒8台に達したが、寺田は正直な思いを明かした。

「悔しいです。こんなにうれしくない日本記録は初めてです」

東京五輪参加標準記録は12秒84。その大きな目標に0秒03届かなかった悔しさがにじんだ。とはいえ、今季スタート時点の日本記録は12秒97。参加標準記録までの差は0秒1縮まった。

「(12秒)95とか94で刻むより『ぐ~ん』と前にいきたいと思っていました」

目の前の0秒01更新ではなく「ペッ」と表現する感覚で前へ-。次の目標も「12秒86」ではないはずだ。

5日後の6日、鳥取で布勢スプリントに臨む。

「次回は布勢がすぐにある。そこでは(天候条件の)コンディションが良くなることを信じて、自分の疲労も抜いて(準備)できたらと思います」

限界値は見えていない。【松本航】