【日本ハム浅間大基】すべては勝負の秋に爆発するため「常に準備しています」

終盤の切り札として感覚を研ぎすませる。今季30歳を迎えた12年目の日本ハム浅間大基外野手は、6月から約2カ月、2軍調整中。ファームリーグでは、20日時点で115打数45安打、打率3割9分1厘と好調を維持しています。昨年終盤の9月20日ロッテ戦や、一昨年10月13日、負けたら終戦というCSファイナルステージのロッテ戦と、しびれる場面でサヨナラ打を放つなど、その勝負強さは逆転優勝に欠かせないピース。1軍復帰や同級生、母校への思い、そしてオフのリラックス方法やエネルギー源などについて、聞きました。

プロ野球

★浅間選手が語った主な内容

  • ファウルを減らす意識で打率4割に迫る
  • 96年世代との絆 諦めない仲間たち
  • 恩師・渡辺元智さんの訃報と母校の甲子園

◆浅間大基(あさま・だいき)1996年(平8)6月21日、東京都生まれ。小学1年から野球を始める。中学時代は新宿シニアに所属し投手兼外野手。横浜では2年夏、3年春に甲子園出場。14年ドラフト3位で日本ハム入団。15年5月5日楽天戦でプロ初出場。16年5月3日ソフトバンク戦ではプロ初本塁打を先頭打者本塁打でマーク。21年に自身初の規定打席クリア。22年オフに背番号を26から8に変更した。プロ通算524試合で打率2割3分4厘、18本塁打、102打点。183センチ、88キロ。右投げ左打ち。

2軍戦 日本ハム対ヤクルト 4回裏、3点本塁打を放ちナインに出迎えられる浅間大基(撮影・黒川智章)=2026年8月15日 

2軍戦 日本ハム対ヤクルト 4回裏、3点本塁打を放ちナインに出迎えられる浅間大基(撮影・黒川智章)=2026年8月15日 

2軍打率4割に迫る 意識は打球の質

6月8日の1軍登録抹消から約2カ月。灼熱(しゃくねつ)の鎌ケ谷で、浅間はひたむきに自身の課題と向き合っていた。

「課題はいろいろありますね。そこを、ファームで与えられた打席でやっているって感じです。1軍ではやっぱり、ファウルにしてしまった打席が多かった。速いストレートにせよ、変化球にせよ。ヒットというより、それをどうファウルにしないでしっかりインプレーにするか。そこをまず意識してやっているところではありますね。2軍では、1軍ほど球速帯は速くないですけど、中には1軍クラスのピッチャーがいるので、そういったピッチャーとの対戦を、より大事に、しっかり意識を持って取り組んでいる、というところですね」

2軍での成績は目を見張る。136打席で45安打。打率を4割近くまで上げ、5本塁打、45打点。

エスコンフィールドで行われた8月15日ヤクルト戦でも、1本塁打を含む2安打1打点とアピールした。

2軍戦 日本ハム対ヤクルト 3回裏日本ハム1死、二塁打を放つ 

2軍戦 日本ハム対ヤクルト 3回裏日本ハム1死、二塁打を放つ 

2軍戦 日本ハム対ヤクルト 4回裏日本ハム2死一、三塁、3点本塁打を放つ

2軍戦 日本ハム対ヤクルト 4回裏日本ハム2死一、三塁、3点本塁打を放つ

当然、手応えはあるが「少しずつ、いいなとは思っています。結果ももちろん大事なんですけど、その中での、打球の質だったり、そっちの方を今、意識してやっています」と、数字に一喜一憂はしない。

焦らず備える 逆転優勝への切り札に

なかなか1軍から声がかからない状況にも「そこを気にしてもしょうがないので。ほんと今、課題はたくさんあるので、そこに集中しているっていう感じです。呼ばれたらいつでもチームに貢献できるように」。準備を怠らず、その時を待つ。

6月21日の30歳の誕生日は、鎌ケ谷で迎えた。

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1973年7月生まれ、茨城県水戸市出身。水戸第一、早大卒。06年、北海道日刊スポーツ新聞社入社。09年からコンサドーレ札幌担当を8年務め2度のJ1昇格を経験。17年からアマ野球担当、23年から日本ハム担当。
中学まではサッカー、両親が指導者だった影響で高校、大学はフェンシングに励み00年富山国体出場。パリ五輪フェンシング団体金メダルメンバーの永野雄大選手は従兄弟の長男。
学生時代までは野球とほぼ縁のない人生だったが、中1で初めて後楽園球場での巨人阪神戦に連れて行ってもらい、財布を落とす。岐阜県恵那市の方が神田の警察署に届けてくださり、2000円ほど入った財布を、倍以上の交通費をかけて、水戸から東京まで受け取りに行った苦い経験あり。