【ヤクルト丸山翔大】内定企業に直談判、野球人生かけて臨んだ1日 感謝胸に成長誓う

ドラフト会議には選手の数だけドラマがあります。ヤクルト丸山翔大投手(28)は20年育成ドラフト4位で入団。23年4月に支配下昇格した右腕は、ある企業から入社の内定を受けていた中で、快くプロの世界に送り出してくれた感謝も胸に戦っています。

「プロ野球ドラフト会議 supported by リポビタンD」は22日、午後4時50分から開始予定です。

プロ野球

★丸山投手が語った主な内容

  • 内定済みの企業に直談判 プロ志望届を出した経緯
  • 「首の皮一枚つながった」ドラフト当日の緊張と安堵
  • 快く送り出してくれた会社への感謝 今も頭が下がる

◆丸山翔大(まるやま・しょうた)1998年(平10)8月22日、福岡県出身。小倉工を経て西日本工大に入学。西武隅田は大学の1学年後輩にあたる。20年育成ドラフト3位でヤクルト入団。23年4月に支配下選手契約を結んだ。プロ6年目の今季は1軍でキャリアハイの40試合に登板し、防御率3・71、0勝2敗7ホールドの成績を残した。194センチ、90キロ。右投げ左打ち。今季推定年俸1250万円。

20年12月 ヤクルト新入団発表会見で高津監督(右)からユニホームを着せてもらう

20年12月 ヤクルト新入団発表会見で高津監督(右)からユニホームを着せてもらう

「すみません」内定済み企業に直談判

丸山翔は懐かしそうに、そしていまでもありがたそうに6年前を振り返った。右腕のドラフトの物語はプロ志望届を出す前から始まる。

「まずプロ志望届を出すところからなんですけど…」

プロ志望届を出すころには民間企業の入社が内定済み。その中で、プロ志望届を出した。

もちろん、会社側は翌年から働く新入社員の1人として考えている。ドラフト候補となり、許可をとりにいった。

「すみません。野球がこういう状況で、志望届を出すんですけど許可をいただけないですか」

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2001年(平13)愛知県犬山市生まれ。2歳の頃から大阪府大阪狭山市で育つ。中高は管弦楽部に所属。神戸大から24年入社。
24年5月から主にアマチュア野球を取材、25年1月から阪神担当。26年はヤクルト担当。
大学時代はクイズ研究会などに所属。趣味はスポーツ観戦と坂道アイドルやロックバンドのコンサート、フェスに行くこと。幸せな瞬間は温泉地に行って日本酒を飲んでいるとき。