【本田太一の挑戦〈下〉】看板外して「スケートより、やりがいある人生を」

フィギュアスケーター本田3姉妹、真凜、望結、紗来の兄、本田太一。20-21シーズンを最後に銀盤に別れを告げた。別の世界で奮闘する元フィギュアスケーターに見えている景色とは。上下編の下。(21年12月16日配信。年齢、所属など当時。敬称略)

フィギュア

振り返れば、歯を食いしばることが多い半年間だった。

23歳になった本田太一は新社会人となる2021年春、5歳から取り組んできたフィギュアスケートに別れを告げた。競技と並行し、簿記2級を取得。法務、労務、税務などの知識も、頭に詰め込んだ。それでも実務が始まると、壁は高かった。

「フィギュアスケーターとしての『本田太一』は、役に立ちません。それでも、スケートよりもやりがいのある人生を目指して、挑戦しようと決めました」

就職活動で複数出た内定から、この企業を選んだ。

相撲観戦に訪れた左から本田太一、真凜、望結、紗来=2017年3月23日

相撲観戦に訪れた左から本田太一、真凜、望結、紗来=2017年3月23日

言い訳のできない世界

それが東京に本社がある「株式会社日本M&Aセンター」だった。

慣れ親しんだ関西を離れ、日本の中心地で1人暮らしを始めた。

1991年に創業し、先日30周年を迎えた会社は東証1部上場、業界最大手だった。「M&A」は「Mergers(合併)&Acquisitions(買収)」を略したもので企業の合併や買収などを意味し、同社は、そういった案件を取り扱う。

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大学までラグビー部に所属。2013年10月に日刊スポーツ大阪本社へ入社。
プロ野球の阪神を2シーズン担当し、2015年11月から西日本の五輪競技やラグビーを担当。
2018年平昌冬季五輪(フィギュアスケートとショートトラック)、19年ラグビーW杯日本大会、21年東京五輪(マラソンなど札幌開催競技)を取材。
21年11月に東京本社へ異動し、フィギュアスケート、ラグビー、卓球、水泳などを担当。22年北京冬季五輪(フィギュアスケートやショートトラック)、23年ラグビーW杯フランス大会を取材。
身長は185センチ、体重は大学時代に届かなかった〝100キロの壁〟を突破。体形は激変したが、体脂肪率は計らないスタンス。