【鍵山正和 ~哲~〈3〉】21年イタリア、優真の演技で確信したジャンプの理想

北京オリンピック(五輪)フィギュアスケート男子で、日本史上最年少メダル(個人銀、団体銅)を獲得した鍵山優真(20=オリエンタルバイオ/中京大)。その指導に就く父、鍵山正和コーチ(51)の哲学に迫る連載「鍵山正和 ~哲~」の第3回は、ジャンプに求める理想に焦点を合わせます。ある一コマの練習で成功した2種類の4回転ジャンプが、その信念を表していました。(敬称略)

フィギュア

〈鍵山優真の父、正和コーチの指導哲学に触れる連載:第3回〉

6月、福岡での練習中に鍵山優真と言葉をかわす父正和(右)。練習後「サルコーは、ベストでした」と語った

6月、福岡での練習中に鍵山優真と言葉をかわす父正和(右)。練習後「サルコーは、ベストでした」と語った

6月福岡、理想と重なった4回転サルコー

その数時間前、愛息が跳んだ姿を思い浮かべると、声のトーンは自然と上がった。

「サルコーは、ベストでしたねえ」

6月15日の午前、福岡市のオーヴィジョンアイスアリーナでの事だった。

曲かけ練習で挑んだ4回転サルコーの残像が、明瞭に描く理想型と重なっていた。

「踏み切り前と降りてきた後の流れが止まらない。全てのジャンプにああいうものが組み込まれていけばと思いますよね」

その日の午後のこと、練習を終えて一息ついたホテルのロビーで、目指す究極を語る姿は、いくばくかの安堵と、変わらぬ確信を感じさせた。

昨夏に優真に左足首の疲労骨折が分かり、試合も全日本選手権だけとなった昨季。年明けから2カ月間、氷の上を離れて、少しずつ練習の強度を増してきていた途上にあった。

「1度リセットして、新しいキャンバスに描いていく」

そう例えていた。その中で、まずは左足に負担が少ないサルコーから取り組み始めた4回転。この日描いた軌道は、故障前に優真に期待していた未来像を、再び意識できるに十分だった。

「曲を止めて見てしまうんですよ、ジャンプって。そうではなくて、流れの中で跳んでいくことを考えると、やっぱり理想は僕の中で崩せないかなと思います」

評価軸はジャンプそれ自体の完成度ではない。作品の中に溶け込むように融合しているかどうか。すっと浮き上がり、氷をなでるように降り立ち、その先へ。観戦者にも区切りを打たせない、それが追い求めてきた演技だった。

94年世界選手権でジャンプを跳ぶ鍵山正和。男子シングル6位という成績を残した

94年世界選手権でジャンプを跳ぶ鍵山正和。男子シングル6位という成績を残した

芸術と技術は分けて考えるものではない

「僕はパワースケーターだったんです。ですが、自分で言うのもなんですけど、流れがあって、きれいだねって、よく言われてたんですよね」

高校生で4回転に取り組み始めるほどの実力者は、その称賛がずっと競技者としての誇りでもあった。時を経て当時の採点法も過去のものになり、新採点法のもとで技術と芸術はそれぞれに点数に変換される。ただ、現役当時の評価軸は変わらない。

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スポーツ

阿部健吾Kengo Abe

2008年入社後にスポーツ部(野球以外を担当します)に配属されて15年目。異動ゼロは社内でも珍種です。
どっこい、多様な競技を取材してきた強みを生かし、選手のすごみを横断的に、“特種”な記事を書きたいと奮闘してます。
ツイッターは@KengoAbe_nikkan。二児の父です。