もし宇野昌磨と歩んだ元コーチ、ステファン・ランビエルの拠点が日本だったら

フィギュアスケート男子で日本最多となる五輪メダル3個、元世界王者の宇野昌磨さん(27)が自身初プロデュースのアイスショー「Ice Brave」を立ち上げます。

3月19日には名古屋市内で記者会見。キャストの本田真凜さん(23)本郷理華さん(28)中野耀司さん(27)唐川常人さん(26)櫛田一樹さん(25)に加え、競技者時代に師事したステファン・ランビエルさん(39)をゲストスケーターとして招きます。

会見後の個別取材は、2016年から取材する松本航記者(34)が担当しました。

2024年12月に元拠点であるスイス・シャンペリーを訪れた記者が、自然豊かな地で生まれた宇野さんの変化を深掘りします。(本文敬称略)

フィギュア

自身初のプロデュースアイスショー記者会見を行う宇野昌磨さん(撮影・森本幸一)

自身初のプロデュースアイスショー記者会見を行う宇野昌磨さん(撮影・森本幸一)

ステファンへのストレートな言葉…

メディアとして記者会見に出席していながら、何度も笑った1時間だった。

中でもステファン・ランビエルへの、ストレートな言葉の数々。

「僕、このショーに対して不安なことが1つあって『彼が(振りなどを)覚えてくれるか』という…」

「僕もですけど、適当なところがある」

「本人にはたくさん頑張っていただいて…。(合わせるのが)短期間ではありますけど、一緒に仲間になれるように頑張らせます」

競技者のころには、あまり聞くことのなかったコメントが並んだ。

自身初のプロデュースアイスショー記者会見を行う宇野昌磨さん(撮影・森本幸一)

自身初のプロデュースアイスショー記者会見を行う宇野昌磨さん(撮影・森本幸一)

もちろん口調や表情で、それがリスペクトがある上でのユーモアであることも分かった。

個人的には2024年12月、初めてスイス南西部にあるシャンペリーを訪ねた。

ランビエルにもインタビューを受けてもらった。

そこで、彼はこう言った。

「昌磨も高志郎もパーソナリティーについては、教え子になる前と後で印象は変わっていません。ともに進歩したのは自己管理の部分。昌磨が来たころは、ミスを受け入れるのに多くの困難を抱えていました。自己管理の進化における私の最大の誇りは、彼がトレーニングとスケートを楽しむ方法を見つけたことだと思っています」

アイスショーには多くの人が関わる。

2024年10月から水面下で動き始めた宇野も「最初は皆さんが作ってくださるというお話をいただいて、僕にも作らせていただけるお話が来るなんて、すごくありがたいこと。本当に作っていただけるのであれば、見合った内容にしたい。そして、いいものを作りたいという意思でした」と正直に明かした。

ある意味で“受け”から始まった姿勢は、すぐに変わったという。

「最初にちょっと偉い人に『6月まで時間があるようで意外とないから、本当にこれだけに集中する形になる』と言われて『そうなのかな?』と思いました。でも実際に、そのようになって。しかもそれが『やらなきゃ』というより、自分自身が『そうしたい』『そうしなければ間に合わない』と思うところまできているので、それはいいことだなと思います」

宇野が言う「自分自身がそうしたい」という自発的な言葉。

ランビエルがシャンペリーで言った「彼がトレーニングとスケートを楽しむ方法を見つけた」という言葉。

何かが重なる気がして、記者会見後に用意してもらった宇野との個別取材に向かった。

シャンペリー訪問を打ち明けると…

同じビル内だが、記者会見とは異なる部屋が用意されていた。

すでにいくつかの個別取材を受けていた宇野は、穏やかな表情で迎えてくれた。

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大学までラグビー部に所属。2013年10月に日刊スポーツ大阪本社へ入社。
プロ野球の阪神を2シーズン担当し、2015年11月から西日本の五輪競技やラグビーを担当。
2018年平昌冬季五輪(フィギュアスケートとショートトラック)、19年ラグビーW杯日本大会、21年東京五輪(マラソンなど札幌開催競技)を取材。
21年11月に東京本社へ異動し、フィギュアスケート、ラグビー、卓球、水泳などを担当。22年北京冬季五輪(フィギュアスケートやショートトラック)、23年ラグビーW杯フランス大会を取材。
身長は185センチ、体重は大学時代に届かなかった〝100キロの壁〟を突破。体形は激変したが、体脂肪率は計らないスタンス。