【須本光希〈中〉】「西日本での挫折から変わった」飛躍のきっかけとなった13歳の秋

日刊スポーツ・プレミアムでは、毎週月曜日にフィギュアスケーターのルーツや支える人の信念に迫る「氷現者」をお届けしています。シリーズ第70弾は須本光希さん(25)が登場します。

4歳で競技を始め、ノービス時代から活躍。17年に全日本ジュニア選手権優勝やジュニアグランプリ(GP)ファイナル銅メダルなどの実績を残し、全日本選手権にも7度出場しました。23年に現役引退後は一般企業で働き、今夏から本格的に指導者に転身しました。

全3回の中編では、ジュニア時代を描きます。14年の西日本選手権は、競技人生の分岐点となりました。(敬称略)

フィギュア

◆須本光希(すもと・みつき) 2001年(平13)2月4日生まれ、大阪府泉大津市出身。大阪・浪速高―関西大。4歳で競技開始。全日本ノービス選手権は10年から4年連続出場。17年にはジュニアGPシリーズ・リガ杯優勝、全日本ジュニア選手権優勝、ジュニアGPファイナル銅メダル、全日本選手権6位。18年世界ジュニア選手権9位。22―23年に現役引退。23年4月から2年間は大阪府内の一般企業に勤務。26年7月から本格的に指導者に転身。憧れのスケーターは羽生結弦。身長164センチ。血液型AB。

全大阪選手権 エキシビションで演技する須本光希=2023年2月12日

全大阪選手権 エキシビションで演技する須本光希=2023年2月12日

「本当に悔しかった」中学2年の秋の出来事

13歳の秋に味わった虚無感は、今も忘れられない。

2014年。大阪府立臨海スポーツセンター。

中学2年生だった須本は、大西勝敬の指導のもと、いつものように練習に励んでいた。

同じリンクでは、その年にソチ五輪に出場した町田樹がいた。11歳年上の先輩はGPシリーズへ向けて、黙々と汗を流していた。

ソチ五輪 男子フリーで演技する町田樹。5位入賞を果たした=2014年2月14日

ソチ五輪 男子フリーで演技する町田樹。5位入賞を果たした=2014年2月14日

その様子をリンクサイドから見守る人がいた。

日本連盟で強化部長を務めていた小林芳子。

町田の状態を知るため、視察に訪れていた。

その練習の合間だった。

小林が「あの子、全日本ジュニアに出るんでしょ。楽しみにしているね」と町田に声をかけた。

「あの子」とは、須本を指していた。

町田は気まずそうな顔で「いや」と口を開いた。ためらいながら、言葉を返す。

「いや、あの子、西で落ちたんです」

その場に静かな空気が流れた。

須本はのちに、町田からこの時の会話の内容を聞かされた。

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岐阜県不破郡垂井町出身。2022年4月入社。同年夏の高校野球取材では西東京を担当。同年10月からスポーツ部(野球以外の担当)所属。
中学時代は軟式野球部で“ショート”を守ったが、高校では演劇部という異色の経歴。大学時代に結成したカーリングチームでは“セカンド”を務めるも、ドローショットに難がある。