渡辺一成(32=福島)が悲願のG1初制覇でKEIRINグランプリ(GP)初切符をつかんだ。好目標の新田祐大(30=福島)が打鐘2センターから仕掛けて近畿勢をたたき切ると直線一気に抜け出して福島勢で上位独占。来月、自転車競技の世界選手権でリオ五輪代表のラストチャンスに懸ける。

 我慢、辛抱、忍耐、そして努力が7度目のG1決勝の舞台で結実した。一成の第一声は感謝だった。「すべては北日本の先輩、後輩のおかげ。新田君が力を出し切ってくれると信じていた」。涙はない。押し寄せる歓喜に身も心も浸った。

 昨年7月の寛仁親王牌の決勝。同じく北日本で4車結束だった。新田-渡辺-伏見俊昭-菊地圭尚で臨んだが新田が、まさかの6番手不発。伏兵園田匠に優勝をさらわれた。

 リベンジをかけた今回、赤板過ぎで近畿勢が前を押さえて新田は6番手。あの悪夢を新田が見事に断ち切った。打鐘2センターからナショナルチームのスーパーダッシュ。脇本雄太の番手稲垣裕之のハードブロックをしのぎ、同じナショナルチームで12年目を迎える渡辺にバトンを託した。「バックすぎに新田君が失速したので踏ませてもらった」。渡辺は冷静なレース運びで福島勢の連独占を決めた。

 在籍年数は現ナショナルチーム最長だが、エリートではない。日本人、外国人と監督が変わる度に指導法や練習方法まで変わってしまう逆風に我慢と辛抱を続けた。11年3月11日の東日本大震災。放射能の恐怖に故郷の福島県双葉町を奪われ、静岡県伊豆市への移住を余儀なくされた。忍耐と努力で、復興への長い道のりを歩む被災地に希望の灯となるG1制覇をささげた。

 自転車競技のトラック種目の世界選手権が3月2日から英ロンドンで開催される。W杯成績から「個人種目の代表権は絶望的。チームスプリントも厳しい」。だが、諦めない。一発大逆転の大舞台に挑む。【大上悟】

 ◆渡辺一成(わたなべ・かずなり)1983年(昭58)8月12日、福島県生まれ。県立小高工高卒。競輪学校88期生で在校成績は38位。03年7月京王閣デビュー。05年からはナショナルチームの一員としてW杯、世界選手権など出場。08年北京五輪ではチームスプリントで6位。通算740戦211勝。通算獲得賞金3億7089万9900円。176センチ、80キロ。血液型A。