<箱根を読み解く7つのカギ:(1)山の神>

 新年をカラフルなタスキが彩る東京箱根間往復大学駅伝(1月2、3日=10区間217・9キロ)、通称「箱根駅伝」まであと1週間と迫った。前回大会を史上最速記録で制した早大、最速軍団の呼び声高い駒大、そして闘将・柏原竜二主将(4年)を擁する東洋大。この3校を中心に、熱いバトルが繰り広げられる。そこで日刊スポーツでは「箱根を読み解く7つのカギ」と題し、7つのテーマを掲げ、大会の注目ポイントをクローズアップする。第1回は「山の神」。まずは最後の山に向かう柏原に迫った。

 柏原竜二。これほど注目を浴びるランナーがいただろうか。両肩を揺らす力感あふれるフォームで、ぐいぐい前へ出て行く。鬼のような形相。あふれ出んばかりの闘争心が、全身から発せられる。3年連続山の5区で区間賞。そして今回、いよいよ最後の山に挑む。

 そんな走りへの期待感は敵味方も関係ない。早大・渡辺監督は「山には『怪獣』がいる。あと1回かと思うと寂しい。監督車から、その走りを楽しみたい」。駒大・大八木監督は「5区の怪物には参っちゃいますよ、驚異。あれだけの選手はいない」。そして自らスカウトした東洋大・佐藤コーチは「自分とこの選手でよかった。これが4年間付き合った本音」と話した。

 ただ柏原自身、箱根は手放しで「よかった」と言えるものではない。注目され続ける苦しさを、嫌というほど味わった。箱根で得たものとは?

 と問われると、心の奥底にあった言葉がむき出しになった。

 柏原

 箱根では嫌なことが多かったな。得たものって何ですかね…。あまり実感がないですね。箱根は取り上げられることばかりなので、嫌なことが多いです。普通に生活ができないので、普通に生活がしたい。

 仲のいい田中貴章(4年)は「電車の中でも『あれ柏原じゃない?』。本人はカンムシ(完全無視)ですが、周りの僕らはヒヤヒヤ。露骨に嫌な顔をしていましたから」。3年時には重圧から体調を崩し、スランプにも陥った。だが主将に任命されたこの1年、内面が変わった。田中は「自分のことが何より最優先だったのに、今年はチームのことを考えていた」と言う。

 柏原

 周りに支えられた1年だったなと思う。僕も口数が少ない方なので、本心を隠したり。でも今年は主将としてみんなの本心が聞けた。そういうのが僕のやる気になっています。

 酒井監督も成長を感じ取っている1人だ。「重責を背負ったことで自立、自覚が出た。昨年までの焦りも見当たらない。身体的にも体が絞れ、筋肉もうまく使えている。箱根から世界へ、さらに五輪へつなげてもらいたい」。卒業後は富士通でマラソン選手として世界を目指す。

 泣いても笑っても今回が最後。故障もなく順調に仕上がった。そして11月の全日本で収穫を得た。アンカーとして首位の駒大から1分40秒差でタスキを受け、最後は33秒差まで詰める激走で区間賞。悔し涙の裏に確かな手応えが残った。

 柏原

 全日本が少し自信になった。「少し」というのは、これまで失敗の方が多いので。1回の成功で有頂天にならず、地に足をつけたい。ただ今は心に余裕もある。いけるんじゃないかと。これが最後なので自分を越えていきたい。

 高低差874メートル。新たなドラマがまた、山に生まれそうだ。【佐藤隆志】

 ◆柏原と5区

 最長区間(23・4キロ)となった06年以降、山登り5区で1時間17分台は3度だけ。いずれも柏原が1~3年で記録したものだ。1年時はトップと約5分差の9位から8人をごぼう抜きし、1時間17分18秒。「山の神」と称された07年の今井正人(当時順大)の記録を47秒も更新した。2年時はトップと4分26秒差の7位から6人抜き、1時間17分8秒で自らの区間記録を更新。3年時は首位早大と2分54秒差の3位から2人を抜き、1時間17分53秒。チームを3年連続の往路優勝に導いた。