女子マラソンで00年シドニー五輪金メダリストの「Qちゃん」こと高橋尚子さん(46)らを育てた名指導者、小出義雄さんの葬儀・告別式が29日、千葉・さくら斎場で始まった。小出さんは24日朝に肺炎のため、80歳で亡くなった。葬儀では高橋さんらが弔辞を務めた。以下全文。

高橋です。Qです。つい先日までそうやって呼びかけると「おうっ、声で分かるよ」。そうやって返してくださる声も、手を握り返してくださることも、もうないというのは信じられません。

4月18日に最後にお会いをしたときに今までになく「Q、持ってきた手紙を読んでくれよ」。そう言われました。

「恥ずかしいから嫌です」。

「俺は恥ずかしい姿お前にたくさん見せてるから頼むよ」。

でもここで読んだら最後になってしまうかもしれない。「監督また、次すぐまた持ってきますからね」。そう言って部屋を出たときの監督の笑顔と手を振る姿を忘れられません。あの時「ちゃんと読んでおけば良かった。願いをかなえておけば良かった」。後悔することもありましたが、それを見ていらっしゃったご家族の方々、最後に声をかけてくださり、最後のお手紙を読むことをさせていただけることをすごくうれしく思います。

小出監督へ。監督、これまでにたくさんの手紙を渡してきました。そして監督からも何通もいただきました。最初はマラソン大会を明日に控えた夜でした。試合に対する不安や怖さだけでなく、スタートまで導いてくださったうれしさと、その多くを費やしてくださった感謝の気持ちをどうしても伝えたくて、ペンを取り、手紙を監督の部屋のドアの下からそっとしのばせました。大会当日の朝目を覚ますと、ドアの下から思いがけず監督からの手紙が入っていて、すごくうれしかったことを覚えています。それから毎回レースの前には、恒例の儀式のようになっていましたね。昨日、その手紙をもう1度読み返してみました。監督からは「強くなったなあ」とか、「毎日毎日全力で走り、一日たりとも力を抜いた日はなかったよ」と監督が認めてくださった言葉が、結果よりうれしかったかもしれません。また「必ず満足いく走りができる」、「笑顔でゴールに帰って来て」、「自分もQちゃんと一緒に走ります。気持ちだけは一緒ですよ」。そうやって1人で走るのではなく、気持ちに寄り添ってくださるからこそ、堂々と安心して走ることができました。

私は本当に弱い選手でした。そんな中で毎日「世界一になろうな」と声をかけてくださって、毎日練習後に「また行くのか?」と言いながらもジョギングに連れて付き合ってくださって。お酒を飲まないよう、夜にはお酒を隠しても、朝には机の上にしっかり出ていることも。そんな何げない監督と過ごした日々が私には1番の思い出です。弱い私を根気よく指導してくださってありがとうございました。監督の貴重な時間を費やしてくださってありがとうございました。オリンピックの金メダルを取らせてくださって、世界記録を出させてくださってありがとうございました。どれだけの感謝の思いを述べても伝えきれません。

3月の下旬に突然の電話にとても驚きました。「オレ、あと一日、二日だよ」って。「冗談やめてください」って言ったら「今までにたくさん走ってくれてありがとな。夢をかなえてくれてありがとな」。何が何だかパニックになってしまって、急きょアメリカから帰って来ました。成田から病院に直行して泣きながら部屋に入ったら、有森さん、ヒロ先輩、ちはる先輩、大塚先輩がいらっしゃって楽しそうに笑って話されてましたね。私は気が抜けてほっとして監督の姿をボーッと見ているだけでした。監督は本当に楽しそうで1時間以上も監督の独演会でした。「痛い、苦しい」は一言も言わずに1人ひとりの思い出をとても細かく話している姿は病人とは思えませんでした。でも、それはみんなを心配させないという監督の心遣いなのでしょう。どんな状態にあっても周りを思いやるその姿に、また一つ教えてもらいました。そして何度もお見舞いに行かせてもらう中で、最後まで前向きに頑張られる姿、諦めない大切さも改めて学びました。

「最後は泣くな。笑って送れよ」。そう言われました。たくさんのみなさんが今日監督を送りに、そして会いに来ていらっしゃいます。私も明日からは笑顔で前を向きます。人に感謝をすること、周りに感謝をすること、そして走る楽しさを伝えること。監督の教えを忘れることなく、胸に刻んで歩いていきます。ずっと気にしていた東京オリンピックも空の上でビールでも飲みながら見守っていてください。私の中で監督は永遠です。本当にありがとうございました。

最後に、入院をされて最後に貴重なお時間をお見舞いに何度も行かせていただくことを許していただいたご家族のみなさんに感謝の思いと、また最後にこうやって自分で監督に手紙を読ませていただく機会をいただいたことに感謝を申し上げさせていただきます。

今までありがとうございました!