100回目の箱根駅伝は近年の高速化を象徴する結果になった。

青学大の優勝記録は従来を2分17秒も更新する10時間41分25秒。さらに注目は9位帝京大までが10時間台で走ったこと。94年に優勝した山梨学院大が初めて11時間の壁を破ったが、そのタイムでは今はシード圏内も心もとない。

当時の山梨学院大の監督で、関東学連の上田誠仁駅伝対策委員長が振り返る。「高速化が進んでいる。それは盾と矛の関係で、強い盾があるから強い矛ができる。お互い今のままではダメだと刺激を受けて追求する。それを100回の歴史で繰り返してきた」。

86年に日本テレビが完全生中継を開始して、全国区の人気イベントに。高速化が加速した。89年にケニア人留学生ランナーが初登場。2区を走った山梨学院大オツオリが7人抜きと快走したことで、他校も競って“切り札”獲得に乗り出し、今大会まで40人の留学生が出走した。

17年には反発力のある厚底シューズが登場。区間記録が一気に塗り変わった。現在の記録はすべて19年以降に樹立されたもの。「今回の3区で青学大の太田くんが日本人で初めて60分を切ったが、ちょっと前では考えられない」(上田委員長)。一方で疲労骨折などの選手の故障は増えている。

記念大会の今回は予選会で全国の大学に門戸を開いた一方、復路ではトップ青学大とのタイム差10分以上という線引きで、16校が一斉繰り上げスタートになった。また本大会で関東学生連合の出場を取りやめて批判も起きた。来年以降の全国化を期待する声もあるが、上田委員長は「関東学連からは何も発信していない」。伝統を守りつつ、いかに時代に即して変化していくか。100回の節目は、未来の箱根駅伝を考えるいい機会でもある。【首藤正徳】