青学大が、全国に門戸が広げられた100回目の記念大会で、2年ぶり7度目の総合優勝を飾った。

大会新の10時間41分25秒をマークし、22年に同大が記録した大会記録を2分17秒更新。往路3区で首位に立つと、計5選手が区間賞を獲得する独走劇で、史上初の2季連続大学駅伝3冠を狙った2位駒大に6分35秒差をつけた。今季は出雲5位、全日本2位にとどまっていた中、16人のエントリーを外れた志貫勇斗主将(4年)がけん引。チームをまとめ上げ、新たな黄金時代到来を予感させる圧勝の箱根路に導いた。

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駒大をはるか後方に置き去りにしていた9区。志貴は横浜駅前の給水地点を走っていた。4年目で初の箱根出走となった倉本へボトルを手渡した。一瞬だった。「短かったな」。ガッツポーズで応える同学年の背中は、あっという間に遠ざかった。2年前の前回優勝時は1区区間5位と好走も、この大会はサポート役。再び走ることはかなわなかったが、胸は喜びでいっぱいだった。「全員で頑張ってこれた」。駒大に大差をつけ、独走でゴールテープを切った大手町。すがすがしい思いで役目を遂げ、仲間の手で宙を舞った。

前回大会で連覇を逃し、3冠を達成した駒大に主役の座を奪われると、世間の目は自然と新チームへ向く。現4年生で昨季の箱根を走ったのは佐藤のみ。「谷間の世代」と言われたこともあった。大学3大駅伝未出走の倉本は「悔しさから始まった1年」と振り返る。3位となった2日後の1月5日。山区間候補者による箱根登り坂での20キロ走から、雪辱への道のりが始まった。

ただ、春のトラックシーズンが始まっても、存在感を示せない。立候補で主将に就任した志貴は、5月の関東インカレ2部ハーフマラソンで23位となり、「ふがいない。自分は主力として戦わないといけないのに」と肩を落とした。好調の駒大と対比され「今年も青学は厳しい」との声も耳にした。

変化のきっかけは夏合宿だった。主将は部員たちと膝をつき合わせることから始めた。「100%を出し切るには、1つ1つの細かいことをやっていかないと」。チーム全体だけでなく、学年間でも話し合った。4時間に及んだ時もあったが「全ては箱根のため」と腹をくくった。

その思いが、すぐに結果に表れるほど甘くはない。出雲、全日本では、前評判通りに駒大に圧勝を許した。それでも4年生は諦めなかった。箱根未出走の山内や倉本らが何とかメンバー争いへ食らいついた。志貴は11月末の時点でエントリーから外れたことを悟ったが「最後まで走り切ろう」と12月下旬まで学内競技会へ出場を続けた。

そして迎えた最後の箱根。4年生の奮闘が光った。佐藤と倉本は区間賞、山内は区間3位と力走。チームは史上最速タイムをたたき出し、駒大1強を崩した。

青学大は給水のサポート役を出走者が選ぶ。出走した4年生3人は、全員が同学年の仲間を選んだ。託された志貴は「これが横のつながりかな」と喜びをかみしめながら、給水ポイントを走った。「チームがトップを走っていることが本当に誇らしかった」。主将を軸に築かれたこの一体感こそが、下馬評をひっくり返す土台だった。【藤塚大輔】

◆青学大陸上競技部 1918年(大7)創部。箱根初出場は43年で、最下位の11位。76年を最後に出場できない期間が続いたが、04年に原晋監督が就任し、09年に33年ぶりに箱根復帰。15年の初制覇から4連覇を達成。20、22年も優勝。主なOBは「3代目山の神」こと神野大地。活動拠点は神奈川・相模原市。