「髪も伸ばそうかなと思っているんです。バリカンは持っていかないので」。高校時代からトレードマークのそり上げた頭をなでながら、2月10日午前9時の羽田空港で園田新(24=ALSOK)がほほ笑む。レスリング男子グレコローマン130キロ級の国内の第一人者で昨夏のアジア大会銅メダリストは、186センチの巨体をただならぬ覚悟で包み、欧州への旅立ちの時を迎えていた。

4月28日まで、人生初の単身での海外渡航はハンガリーの首都ブダペストを拠点にレスリング漬けの毎日を送る。マット以外の社会勉強も糧としながら、ただひたすらに己を鍛え上げる日々を望んだ。「これまで(勝敗が)ぎりぎりだった選手には、必ず勝てる、というレベルにまで高めてきたい。そうでなければ、『五輪に出たい』という資格もない。必ず何かをつかんできます」。代表選手としての派遣ではなく、自費を100万円以上投じての長期遠征。競技人生のターニングポイントにする、しなければならない。

気は優しくて力持ち。そり上げられた頭に大きな体はこわもてを想起させるが、園田には不思議と柔和さが先立つ。丁寧な言葉遣いに、控えめなニコニコ顔がよく似合う。出身の拓大で監督を務めていた日本協会の西口茂樹強化本部長をして、「優しすぎるのよ、園田は」となる。子供の頃から人一倍体は大きかったが、一度もけんかの経験はない。「むしろ、争い事は嫌いでした」とガキ大将とは遠い存在。その性格は、「おかしいなあ。試合では相手を『ぶっ殺してやる』くらいに思ってやっているんですけど、周りからはそう見えないと言われ…」と今でも本人の認めるところに通じる。醸し出る内面。だからこそ、そこを変えたいという。

「鬼になりたい。もまれて、もまれて、野獣のようにも。そのくらい変わらないとダメだと思っています」。身を投じるのは、グレコローマンの本場の欧州。ギリシャ+ローマがスタイルの語源で、紀元前から行われてきた伝統競技の源流に近い場所で奮闘する。国内では足りない最重量級の練習相手もわんさか。かつては霊長類最強とうたわれたカレリンが君臨し、いまも巨体を巨体らしからぬ軽やかさで扱える住人がひしめく130キロ級。昨秋の世界選手権で初戦敗退に終わった現実を直視し、洗礼歓迎で一皮むきにいく。なにしろ、迫る東京五輪に出るためには、まずは今秋の世界選手権で上位6選手の国・地域に与えられる出場枠が必要で、かなわぬなら過酷なアジア予選、最終予選をはい上がらなければならない。

レスリングに限った話ではなく、単身海外修行が思ったよりも少ない競技の現実はある。メダル有力競技ならなおさら強化資金がありバックアップ体制は整っており、航空券から宿、現地移動まで手厚く準備されているのが遠征の常。ある選手が空港でのチェックインの仕方も自分では不安と漏らすのも聞いた。パスポートの渡航した国は埋まっても、経験は比例していなかったりする。かつて担当した柔道でも、その恵まれた環境への甘えに敏感に、殻を破るために海外に1人で旅立った選手を見てきた。ある者は言葉も通じないせんべいをお土産にフランスへ、ある者はモンゴルでモンゴル相撲に挑戦した。出発の空港と帰国の空港、現地での緊張感をお土産に持ってきたようにどこかピリピリした雰囲気を漂わせる別人の姿を目にした。

果たして4月の終わり、園田は「鬼」になって帰ってくるだろうか。きっと鬼の形相となって死にものぐるいで生き抜いてくるはず。その名残の何かをひしひしと感じさせてくれるだろう帰国の空港での再会を、髪が伸びているだろう新たな姿とともに楽しみにしている。【阿部健吾】