ゴルフをはじめスポーツの世界では、「ティーチング」と「コーチング」という言葉がある。1人の指導者がティーチングとコーチングを使い分けている場合があるため混同されがちだが、指導のための理論や技術が発達している米国では明確に使い分けられている。


■米国では明確に使い分け


簡単に言えば、技術を教えるのがティーチングで、メンタルの面からアプローチして能力を引き出すのがコーチングだ。2016年のティーチャー・オブ・ザ・イヤーを受賞し、米ティーチング殿堂入りをしているマイク・アダムスは、ティーチングの代表格といえばデビッド・レッドベター、コーチングならブッチ・ハーモンだと語っている。


「デビッド・レッドベターは素晴らしい先生であり、ブッチ・ハーモンは素晴らしいコーチだね。デビッドは優れたスイングの技術を教えてくれる。ブッチはどうやって"プレー"するかを教えてくれるのさ。生徒の「スイッチ」を心得ていてどこを押してやれば良いかがわかっている」


ティーチング殿堂入りをしているマイク・アダムス
ティーチング殿堂入りをしているマイク・アダムス

指導者は教える相手や内容によってティーチングとコーチングを使い分ける必要がある。

アダムスはこの見極めこそが、指導をする上で大事だと説く。


「優秀な指導者はどの段階でティーチングを終え、どの段階でコーチングするべきかを心得ているんだ。何を改善して何を改善するべきでないかを理解しているんだよ。やろうと思えばいろんな方法で生徒を下手にすることだってできるんだが、生徒を改善してやれる方法は1つしかない。何を教えると生徒に悪影響となり、何を教えると有効であるかを理解することだ。見た目を良くするための改悪よりも実際に良いプレーをさせるための改善だ」


■プロにはコーチング、アマにはティーチング


スイング技術の指導において、ツアープロとアマチュアのどちらに教えるほうが高度で難しいと思うだろうか?多くの人はレベルの高いツアープロに教えるほうが難しいと考えがちだが、実際はアマチュアのほうが難しい。

ツアープロは長年ゴルフをしており、高いスイング技術を持っている。そのため、修正をする部分は少なく、指導すればすぐに新しい動きを習得してスイングを改善することができる。大幅にスイング改造をする場合でも、悪い動きは少ないため指導するポイントは絞られており、適切な知識を持って間違えたことさえしなければ必然的にスイングは良くなる。

それに比べてアマチュアはスイングに多くの問題があり、複雑に絡み合って一筋縄でいかないケースが多い。スイングを良くする前に、問題がある部分を取り除いてニュートラルに近い状態にする必要がある。ツアープロは簡単な飲み薬や注射で治るが、アマチュアは何度も大規模な手術を行う必要がある状態と言っていい。


ティーチングを行うデビッド・レッドベター(右)
ティーチングを行うデビッド・レッドベター(右)

スイングを見極める目を持った指導者にとって、プロを指導することは技術的には難しいことではない。しかし、プロは技術的にはたいていのことはできるし、自分の技術に対する自信やこだわりを持っている。そのため、プロの経験や実績をリスペクトしつつ、相手が受け入れて理解ができるように話をする必要がある。

PGAツアープレーヤーを教える指導者たちは、スイング理論や最新の研究データに関する知識を持ったうえで、スイングのわずかなズレを見極めてスイング技術のアドバイスを行う。コーチングスキルにたけたコーチは、選手自身が気づきを得て考えられるように、選手に質問を投げかけたり、ヒントを与えて能力を引き出す。

指導者には技術的な知識に加えて、選手との円滑なコミュニケーションや信頼関係が必要になるし、選手の気持ちを盛り上げ、前向きな気持ちにさせるテクニックも必要となる。時には何も教えず、ひたすら選手の話を聞いて本人が気づくのを待ち続けることもある。何を伝えるのかということ以上に、どのように伝えるのかということが大事になる。

一方、アマチュアに対しては、ティーチングの割合が多くなる。なぜなら、能力を引き出そうにも、その元となる基本的なスキルやテクニック、知識を持ち合わせていないからだ。

自分で答えを見つけさせようとしても、考える材料や手がかりがなければ、答えは永遠に見つからない。たとえ、答えを見つけたつもりになっても、それはおそらく正解からはほど遠いものだろう。だから、アマチュアには、まず知識や技術を伝え、基礎を身につけさせるティーチングが大切になる。自分で考え、引き出しから何かを取り出すのは先のことだ。


DJなど多くの選手の才能を伸ばしたブッチ・ハーモン(右)。現在はツアーコーチを引退したが慕う選手は多い
DJなど多くの選手の才能を伸ばしたブッチ・ハーモン(右)。現在はツアーコーチを引退したが慕う選手は多い

多くのアマチュアは社会で指導を受けたり、教える立場になるといった経験を持っている。アマチュアのほうが教師と生徒という関係性を素直に受け入れて、ティーチングを上達に結び付けることができる傾向がある。アマチュアの中には高いコミュニケーションスキルを用いて、優れたコーチのように適切な質問を行い、コーチの能力を引き出しつつ自らのスキルを高めることができる人物もいる。

自分にとって必要なのは、ティーチングなのかコーチングなのか、よく考えてみてほしい。それによって、自分をレベルアップさせてくれる指導者を選ぶことができるようになるだろう。

(ニッカンスポーツ・コム/吉田洋一郎の「日本人は知らない米PGAツアーティーチングの世界」)

◆吉田洋一郎(よしだ・ひろいちろう)北海道苫小牧市出身。2019年度ゴルフダイジェスト・レッスン・オブ・ザ・イヤー受賞。欧米のゴルフスイング理論に精通し、トーナメント解説、ゴルフ雑誌連載、書籍・コラム執筆などの活動を行う。欧米のゴルフ先進国にて、米PGAツアー選手を指導する100人以上のゴルフインストラクターから、心技体における最新理論を直接学び研究している。著書は合計12冊。書籍「驚異の反力打法」(ゴルフダイジェスト社)では地面反力の最新メソッドを紹介している。書籍の立ち読み機能をオフィシャルブログにて紹介中→ http://hiroichiro.com/blog/