今年の全米プロゴルフ選手権を制したのは、6月に51歳となるベテラン、フィル・ミケルソンだった。ミケルソンがメジャートーナメントで勝つのは2013年の全英オープン以来、メジャー通算6勝目。全米プロのタイトルは2005年以来、2度目となる。

なによりも、50歳11カ月7日でのメジャー優勝は史上最年長。これまでの最年長記録、1968年の全米プロを制覇したジュリアス・ボロスの48歳4カ月18日を53年ぶりに更新し、もちろん、シニア選手として史上初めてのメジャー優勝だ。

■最年長50歳メジャーV


優勝トロフィーを手に、笑顔を見せるミケルソン(AP)
優勝トロフィーを手に、笑顔を見せるミケルソン(AP)

50歳のベテランが優勝したと聞くと、試合を見ていなかった人は、これまでの経験を生かした巧みな戦略と技術が功を奏したのだと思うかもしれない。確かに、バンカーからの素晴らしいチップインバーディーや、終盤でのショートゲームの巧みさもあったのだが、「技術と経験で勝利をたぐり寄せた」というのとは違う。

それどころか、4日間平均のドライビングディスタンスは313.1ヤードで15位、最終日の16番では366ヤードを記録して1位となり、パワーヒッターのデシャンボーやケプカよりも遠くへ飛ばしてみせた。パワフルなショットで若手と真正面からぶつかり、堂々と勝利を勝ち取ったのだ。他のスポーツで50歳の選手が、20歳以上年の離れた若手に力勝負を挑み勝つなど考えられないことだろう。

最近は、医学の発展やトレーニング方法の進化によって、50代になっても筋力や体力を保っている選手は多いし、クラブの進歩によってボールも飛ぶようになってきた。それにしても、4日間300ヤードを超えるドライバーショットを打ち続け、しっかり勝ちきるのは容易なことではない。その裏にはミケルソンのたゆまぬ努力がある。

■筋トレ、断食、瞑想も

ミケルソンは近年、筋力トレーニングだけでなく、断食による減量に挑戦し、瞑想(めいそう)を取り入れたメンタルトレーニングを行うなど、さまざまな方法で体力の向上やメンタルの強化を図っているそうだ。そして、年齢からくる集中力の低下を克服するために、練習で1日36ホール、45ホールをプレーするという。なぜなら、36ホール以上、1打に集中してプレーをすれば、18ホールを回ったときに短く感じられるからだ。

ミケルソンの飛距離の秘密は筋力や体力だけではなく、使っているクラブにもある。PGAツアー公式サイトによれば、全米プロでミケルソンが使ったドライバーは、長さ47.9インチとUSGAの定める48インチにギリギリまで迫り、ロフトはなんと5度。ヘッドスピードを高め、スピンを減らして飛距離を伸ばすことに徹したモデルといっていい。

そして、ミケルソンは今回、ブラッシーと呼ばれる2番ウッドもバッグに入れた。つまり、飛距離で勝負するホールではドライバーを握り、確実性が求められるホールでは、ブラッシーを使って安全策をとるというわけだ。

■多くのコーチから学び、進化

そして、ミケルソンが現状打破できた最大要因が、スキルアップするための考え方、取り組み方だ。ミケルソンはキャリア全般において、適切なコーチから新しい知識を学び進化を遂げてきた。

たとえば、パッティングコーチでいえば、メジャータイトルを取るために30歳を過ぎてからパッティング理論をデーブ・ペルツに教わった。ペルツはNASAの科学者だったという異色の理論派コーチで、ミケルソンは自分に足りないロジカルな知識や理論を学ぼうと思ったのだろう。


ゲットソン(左)に指導を受けるミケルソン
ゲットソン(左)に指導を受けるミケルソン

その後、ペルツとは真逆の感性を重視する、ツアープロ出身のパッティングコーチ、デーブ・ストックトンに師事したが、これはペルツの理論をどう実戦に生かすのか、プレーヤーとしての感覚に基づくアドバイスを求めたに違いない。

その後、専属コーチのアンドリュー・ゲットソンによって、クローグリップを採用するなど、今まで学んできたことを自分のスタイルに昇華している。ゲットソンはスイングの気になる点を指摘したり、意見交換をしたりする「チェッカー」としての役割を担っている。

さらに最近では、より高度なパッティングロジックを学ぶため、ザンダー・ショフレなどを指導するパッティングコーチ、デレック・ウエダに定期的にストロークをチェックしてもらっている。

ミケルソンはアマチュア時代から天才の名をほしいままにしていたエリートだが、タイガーの出現などもあり、33歳でマスターズに勝つまでメジャーでの勝利はなかった。そのような現状を打破するために、ロジックを学び、感性に落とし込んできた。

さらにその知識を自分のスタイルに落とし込みながら、最先端の理論も追求し続けている。こうして常に変化を求め、知識やロジックをリスペクトし、人の意見に耳を傾ける姿勢こそが、ミケルソンが強さを保つ秘訣(ひけつ)だと思う。

■50代でのキャリアグランドスラムは実現するか

ミケルソンは昨年からシニアツアーのPGAツアーチャンピオンズにも参加しているが、飛距離を武器に圧倒的な強さを見せていた。私はCS放送のゴルフ専門チャンネルで米シニアツアーの解説をしているのだが、ミケルソンが1人だけ別次元のゴルフを展開していたのが印象に残っている。他の選手を20ヤードから30ヤードオーバードライブし、パー5はアイアンでピンをデッドに狙う攻撃的なゴルフを展開し、昨年はシニアツアー参戦から2連勝を飾り鮮烈なデビューを果たした。ミケルソンにとって、このシニアツアーへの参戦が、今回の優勝に大きく貢献していると思う。ベテランになって、レギュラーツアーで若手の勢いやパワーに圧倒され勝てなくなってくると、どうしても自信を失いがちになる。常に優勝争いをしているのと、予選通過を目標にするのではモチベーションも違ってくるだろうし、周囲の「もう彼は過去の選手だよ」という声も耳に入ってくる。

実際、全米プロまでの今年のPGAツアーのベストフィニッシュは、マスターズの21位タイで、優勝よりも予選通過を目標とせざるを得ない状況が続いていた。

■シニアの優勝争いで自信

しかし、シニアツアーに参加すれば50代は新人選手。シニア向けのコースといえども7000ヤード以上の距離はあるし、優勝争いの緊張感の中で実戦感覚を保ちながら、積極的に攻めて戦うことができる。そして、勝てば当然、自信もつく。こうしてシニアの試合でモチベーションを高めながら優勝争いの緊張感の中でプレーができたおかげで、メジャーの試合でも落ち着いて戦うことができたのだろう。

シニアツアーといえば、レギュラーツアーから退いた選手たちの試合というイメージを持つ人も多いかもしれない。しかし、シニアで戦いながらレギュラーツアーで上位に食い込む選手も少なくない。

今年2月のウェイストマネジメントフェニックスオープンで優勝争いを演じ、サム・スニードのツアー最年長優勝記録を破るのではないかと注目を集めたスティーブ・ストリッカーも54歳だ。今回の全米プロでも、今年50歳になるパドレイグ・ハリントンが4位に入るなどベテラン勢の健闘が目に付いた。

今回のミケルソンの快挙は、こうしたシニア選手にとって大きな励みとなり、今後もレギュラーツアーで優勝争いに加わるベテランが増えるのではないだろうか。ミケルソンの勝利によってPGAツアー選手たちも刺激を受けるに違いない。ベテランは再起を誓うきっかけになり、若手はいつかミケルソンのように50代でもメジャーに勝ちたいと願うだろう。交通事故によるケガでプレーができないタイガー・ウッズも、ミケルソンの快挙に刺激を受け、最年長メジャー優勝の記録更新を狙うためにリハビリに励んでいることだろう。


アマチュアゴルファーも年齢の壁を感じている人はいると思う。しかし、ミケルソンのように取り組み方次第で若者に勝てるのがゴルフだ。私は常々クライアントにアマチュアゴルファーのピークは50代だと語っているが、技術と経験が蓄積され、社会的な余裕も出てくる50代以降に結果を出すアマチュアは多い。もちろん、60代以降でも取り組み方ではスコアだけではなく、飛距離を伸ばすことも可能だ。ミケルソンのような考え方や取り組み方をすることで、今まで停滞していたゴルフに突破口が見えてくるだろう。

ミケルソンが4大メジャーで唯一勝っていない「全米オープン」が6月に行われる。ミケルソンは今年、世界ランキング上位などの資格を確保できず、特別推薦で出場権を得ていたが、今回の優勝で堂々と出場できる。50代でのキャリアグランドスラム達成も夢ではない。

(ニッカンスポーツ・コム/吉田洋一郎の「日本人は知らない米PGAツアーティーチングの世界」)

◆吉田洋一郎(よしだ・ひろいちろう)北海道苫小牧市出身。2019年度ゴルフダイジェスト・レッスン・オブ・ザ・イヤー受賞。欧米のゴルフスイング理論に精通し、トーナメント解説、ゴルフ雑誌連載、書籍・コラム執筆などの活動を行う。欧米のゴルフ先進国にて、米PGAツアー選手を指導する100人以上のゴルフインストラクターから、心技体における最新理論を直接学び研究している。著書は合計12冊。書籍「驚異の反力打法」(ゴルフダイジェスト社)では地面反力の最新メソッドを紹介している。書籍の立ち読み機能をオフィシャルブログにて紹介中→ http://hiroichiro.com/blog/