松山英樹(29=LEXUS)が、日本ゴルフ史上最大の偉業を達成した。4打リードで迎えた最終ラウンド。安全圏と思われたが、15番で池ポチャするなど後半に差を詰められた。最後の米ツアーVから3年以上も未勝利。もがき苦しみ、初めてコーチをつけるなど自己変革を敢行。そんな執念でスコアを73にまとめ、通算10アンダーの278と1打差で逃げ切り、日本男子初のメジャー制覇を実現した。松山の快挙に、ウッズら多数の著名人が祝福コメントを出した。

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「今までは『日本人にはできないんじゃないか』という考えがあったと思う。初めてのメジャーチャンピオンになって、そこを覆すことができた」。これまで122人の日本人がメジャー4大会に挑戦し、661回目での悲願達成。松山のゴルフ人生を象徴するような苦しいラウンドだった。

2位に4打差でスタートし、折り返しでは5打差に広げて独走の雰囲気が漂った。だが後半は15番で池に入れるなど4つ落とした。最後は1打差で辛うじて逃げ切る苦しい展開。それでも「積極的にいかないで追いつかれるよりは、しっかりと狙ってバーディーを取りたい」と、攻めの信念を貫き続けて頂点に立った。

17年8月を最後に、約3年8カ月もツアー優勝から遠ざかっていた。「自分が正しいと思いすぎていた」と、プロでは初めてコーチとして、目沢秀憲氏を招いて契約。今年はトップ10入りが1度もなかったが、執念ではい上がってきた。

マスターズでメジャーに初挑戦したのは11年4月。当時は仙台市の東北福祉大に在籍し、東日本大震災から1カ月で出場を迷った。それでも地域の人の応援で出場を決意。「10年前、ここに来させてもらい、自分が変わることができた。その時、背中を押してくれた人たちに良い報告ができたのはよかった」と笑った。夢を見つけ、強くなるきっかけをもらえた。現在は仙台市に住民票を置き、同市に納税するのは、少しでも恩返ししたい一心からだった。

日本人がマスターズに初挑戦した1936年(昭11)から85年、同じくメジャー4大会に初挑戦した1932年(昭7)の全米オープンから89年。悲願のメジャー制覇だったが「最後はハラハラドキドキさせてしまったので、次に勝つ時は、しっかりと、いい勝ち方で終わりたいなと思っています」。日本ゴルフ界の常識を変えた男は、どこまでも貪欲だった。

◆ローアマ&優勝 松山は11年に初出場し、日本人として初めてローアマチュアを獲得。ローアマ経験者で優勝したのはジャック・ニクラウス、タイガー・ウッズ、フィル・ミケルソン(いずれも米国)らに続く7人目。

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