五輪5連覇を目指す伊調馨(35=ALSOK)が川井梨紗子(24=ジャパンビバレッジ)に敗れ、世界選手権の切符を逃し、東京五輪出場は厳しくなった。

ポイント1-1で迎えた第2P残り1分、川井にタックルしたが、返されてバックを取られ、逆転された。残り2秒でタックルを決めポイントは同点に追い付くも、川井の方が高得点の決まり手が多いビッグポイントを獲得していたため、敗れた。

本人は一切の言い訳をしないが、調整は順調とは遠かった。川井に勝利を許し、プレーオフに持ち込まれる結果となった6月中旬の全日本選抜選手権では、直前の約2週間にスパーリングをすることができず。首、肩、腰、両足首と「全部が古傷なので、そこをかばい、うまく付き合っていくしかない」と語っていた。人一倍の練習の虫は、練習で積み上げて積み上げて、試合でその何割かがようやく出せるタイプ。試合に満足することはなく、必ず反省が口に出るのは、練習がそれだけ内容濃い毎日だからだった。それがかなわない日々こそが、昨秋の復帰後の最大の敵だった。

田南部コーチは「年齢いけばいくほど、調子良いと人間はやっちゃうんです、もっともっと、と。そこを抑えないといけない。それが彼女のストレスになっている」と明かす。ベテラン選手が休む決断に相当の勇気を要し、その割り切りの失敗で競技成績も落ちるのはよくあるケース。伊調はその「わな」にはまらないように、精神面でのブレーキをかけ、折り合いをつけて修練しなければならなかった。五輪4連覇したかつての自分とは明らかに違う肉体を誰よりも痛感しながら、もがくしかなかった。

ただ、そんな悲壮感を試合会場では一切みせなかった。6月13日には誕生日を迎えたことを聞かれると、「35歳ですよ~、もう」と明るく照れた。予選リーグ、準決勝を終えた15日の試合後には、練習場に直行して田南部コーチと1時間以上も技術を確認した。時折笑顔がのぞく様には、思うようにいかない体への焦りなどより、35歳でもレスリングに打ち込めている楽しさの方が際立って見えた。「誰と戦っても接戦。1試合1試合を勝ちきるかという部分でギリギリ。そこを自分は望んで戻ってきましたし、それをいかにやりがいと感じて楽しくやるか、臨めるか。純粋にレスリングを好きで戻ってきたので」。その気持ちこそが無二の強さの原動力だったが、この日の勝利には届かなかった。

今後は川井の世界選手権の結果を待つことになる。メダル獲得で57キロ級での東京五輪挑戦は終わりを告げる。他階級での可能性が残るかどうか、本人が望むかも不透明だ。自力でつかむチャンスを逸し、前人未到の五輪5連覇の道は窮地に立たされた。