高木美帆(27=日体大職)がオールラウンド部門で総合2位に入った。
総合首位で迎えた最終日、得意の1500メートルは1位。最後の5000メートルで2度目の優勝を懸けたが、北京五輪3冠のイレーネ・スハウテン(オランダ)に3秒余り、逆転を許した。5種目に挑戦し金メダル1個、銀メダル3個を獲得した北京五輪から2週間後の大会で、17、18、19年に続く4度目の表彰台。死力を尽くした結果に充実感を漂わせた。
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ゴールした直後、高木美は苦しさのあまり膝に手を付き顔をしかめた。最終種目、5000メートルで逆転優勝をさらわれたとはいえ、7分1秒97は自己ベスト。「よく粘れた。1番は取れなかったが(自分を)褒めてあげたい」。時間がたち、表彰台に上がると「この大会で1番に上りたかった」と悔しさがこみ上げたが、現状の精いっぱいの力は出せた。
500メートルと3000メートルを終え、総合首位で迎えた最終日。最初は得意の1500メートルで1位。最後は五輪でも出ていない5000メートル。6秒08のリードはあったが、北京五輪で長距離中心に3冠の強敵スハウテンに逆転を許した。
「本当に疲れた」。北京五輪の5種目挑戦の代償は大きかった。4年前、平昌五輪直後にあった同大会では優勝も、今回はコロナ禍という状況も重なる。「気持ちのリカバリーが(前回五輪の時より)きつかった。気軽に人とカフェの時間も楽しめない。ゆっくり気持ちが休まる時間がなかったことも、自分の中で影響があった」。さらに北京五輪は5種目挑戦もあり「出し切った感が強く、枯渇していた」とも吐露した。
疲労困憊(こんぱい)の心身の支えは、中学時代からこだわり続けたオールラウンダーへの思いだった。距離ごとでなはく、4種目の総合成績で争う世界選手権。「五輪とはまた違った、挑む価値のある大会。五輪後、気持ちの波はあったが、自分の出来ることを最大限やって、このタイトルを取ろう」と最善を尽くした。
北京五輪では、92年アルベールビル大会の橋本聖子以来、500メートルを含む5種目に挑戦し、金1銀3個のメダルを獲得した。真のオールラウンダーを決める世界選手権では、日本人最多を更新する4度目の表彰台に立った。わずか1カ月の間で五輪と世界選手権の大舞台で計11レースを滑りきった。12、13日のW杯最終戦で激動のシーズンを終える。
◆スピードスケート世界選手権 距離ごとに勝者を決める五輪などと異なり、4距離の総合成績で争う。国際スケート連盟(ISU)によると大会は1889年から行われているが、1893年大会のオランダ選手がISUの認める初代王者。女子は1936年から実施。500メートル、1500メートルに加え、男子は5000メートルと1万メートル、女子は3000メートルと5000メートルを滑走。各距離のタイムを500メートルあたりに換算し、合計ポイントの少なさを競う。20年から500、1000メートルで争う世界スプリント選手権と統合して開催されている。


