6年ぶりの個人種目決勝に臨んだ池江璃花子(23=横浜ゴム)が7位入賞を飾った。25秒78を記録し、3位とは0秒32差だった。

午前の50メートル自由形予選は、25秒27の全体20位で準決勝進出を逃して涙。それでも心身を整え、決勝のレースで出し切った。

今大会の個人種目を終え、次の大舞台は9月開幕のアジア大会(杭州)。同大会後は五輪種目の100メートルへ注力する予定で、開幕まで1年を切ったパリ五輪へ強化を続ける。

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午後8時3分。池江は入場で大歓声に包まれ、両手を挙げた。

「1%でも勝てる可能性があるなら、それを信じていた」

2分後の号砲。序盤に出遅れ、周囲が気になり力みが出た。終盤の息継ぎで力を振り絞り、7位となった。

予選から決勝にかけて記録は落ち「これが国際大会の難しさ。本来の力を発揮できたら5秒前半で泳げていた。それを本番でできない。『いつまで苦しむんだろう』と思う」。勝負師は目を潤ませつつ「この舞台で泳げて楽しかった」とかみしめた。

午前11時。50メートル自由形で予選敗退し、涙を流して取材エリアを歩いた。朝から「レースに行くのが、ちょっと嫌だな」と後ろ向きになっていた。

大会初日から個人4種目とリレーに出場。疲労から頭は混乱した。

「自分のことを自分で解決できないというのは、今までの自分にはなかった」

前夜の準決勝突破で得た自信は消えていた。決勝に向かうバスまで引きずった。それでも会場の景色は闘争心を取り戻してくれた。

いつも自分に厳しかった。

19年2月に判明した白血病。過酷な闘病生活を経て、戻ってきても勝負師であり続けた。今春は欧州遠征に参加。帰国後、空港からの帰り道で西崎勇コーチから「いろいろな感情があったね」と声をかけられ「私もです」と短く答えた。実力者にもまれ、同コーチは「いい意味で悔しい、勝ちたい、2つの気持ちが芽生えたと思う」と見つめた。

今春に社会人となり、今月4日に23歳の誕生日を迎えた。国内合宿中だった当日は仲間から生まれて初めて顔面パイで祝われ「生きて元気に23歳になれるっていうことは、すごく奇跡でもあるのかな」と思えた。

この日、しみじみ言った。

「自分を責めすぎている後ろで『結果が全てじゃない』と応援してくれる人たちがいる。それが、自分の心の支えになっています」

数字で表せられない財産がある。それが必ず1年後への力になる。【松本航】

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