14年ソチ五輪ラージヒル銀メダルの葛西紀明(51=土屋ホーム)が2月17、18日のW杯札幌大会(札幌市大倉山ジャンプ競技場)の代表入りを決めた。開催国枠での切符を手にした。予選で50位以内に入り、4季ぶり本戦進出を決めれば、自身が持つギネス世界記録の通算569試合出場を更新する。数々の歴史や偉業を重ねてきたレジェンドが、再び世界舞台に飛び立つ。
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葛西がW杯に帰ってくる。「全世界のみなさんが僕を待っててくれると思うので」。生まれ育った北海道の景色や風も全身で感じた。20、21日のW杯下部大会のコンチネンタル杯(C杯)3戦で結果を出し、代表入りをつかみとった。
この日の1戦目は130メートル台を2回そろえて11位。2日連続で10選手が臨んだ日本勢の最高をマークして代表選考レースをリードした。2戦目は21位も、日本勢最多のポイントを獲得し、W杯開催国枠での代表3枠の1番手に立った。「ちょっと悔しい。トップの選手に5~10メートル近く離された」。喜びよりもメダルを獲得した外国人選手らに差をつけられた結果への不満があふれ出る貪欲さを見せた。
51歳での挑戦。会場からの声援もひときわ大きく、K点越えのビッグジャンプにわいた。「頑張りがいがある。成績を出せばたくさんの人が元気になる」と期待を力に変える。
五輪8度出場でメダルは銀2、銅1。原動力はずっと「金メダルを持っていないから」だった。だが、年齢を重ね「僕が頑張ることで、みんなすごい気持ちが上がってるんだな」と、パワーを与える存在になりたいと願うようになった。衰えを感じさせないのは、努力の成果だ。年明け元日から朝夜、毎日サウナスーツを着込んで雪道をランニング。「3週間で108キロ走って4・5キロ落とした」。自身に大きな負荷をかけた苦しい練習の日々も、楽しそうに明かす。
W杯出場は20年2月2日札幌大会以来遠ざかる。昨年は直前に他選手の体調不良で繰り上がり、急きょ代表入り。予選エントリーのチャンスが巡ってきたが、調整不足が響き本戦進出を逃した。今年こそ同じ失敗は繰り返さない。4季ぶりに予選を通過すれば、自身が持つギネス世界記録の569試合出場の更新となる。レジェンドが、W杯の大舞台で再び記憶に残る大飛行を披露する。【保坂果那】
◆葛西紀明(かさい・のりあき)1972年(昭47)6月6日生まれ、北海道下川町出身。東海大四高時代の88年W杯デビュー、89年世界選手権出場。91年地崎工業入りし、マイカルをへて01年から土屋ホームに所属し、現在監督兼選手。五輪は92年アルベールビル大会から18年平昌大会まで8大会連続出場。94年リレハンメル五輪団体銀、14年ソチ五輪ラージヒル銀、団体銅。W杯通算569試合出場、優勝17度。家族は妻と1女1男。
◆葛西とW杯 デビューは東海大四高1年だった88年12月17日札幌大会(宮の森)で31位だった。通算569戦出場で、優勝は17度。表彰台は63度。最後の優勝は14年11月29日ルカ大会(フィンランド)で、42歳176日の最年長記録。最年長出場記録は前回出場20年2月2日札幌大会での47歳241日。


