「失われた21年」を取り戻す-。14年秋に日本野球機構(NPB)が新設した野球振興室は、減り続ける野球人口を回復させるために、12球団と協力して多くの取り組みを行っている。昨年は小学校教員用の指導用教材「みんなが輝く やさしいベースボール型授業」を全国の小学校に無料配布。全国の学校や公園にボール投げ当て用の壁「ベース・ウォール」を設置するなど、「野球の王国」の土台づくりに努めている。

(2016年1月14日付紙面から)

NPB・指導用教材「みんなが輝く やさしいベースボール型授業」
NPB・指導用教材「みんなが輝く やさしいベースボール型授業」

 現在30歳から45歳ぐらいまでの方は、小学校時代を思い返して欲しい。体育の授業に「野球」はあっただろうか。

 1977年に小学校の授業から、ソフトボールが姿を消した。98年に選択科目として復帰するまで、小学校で「ベースボール型」授業を学ぶことはなくなった。NPBの野球振興室・平田稔室長は「我々は、失われた21年間と呼んでいます」と言う。

 98年以降も、11年に必修科目に昇格するまでは選択科目だったため、誰もが経験した訳ではない。同室長は「実質34年間ぐらい。この世代の人が、今大人になり、その人たちに子供ができている。『投げる』『打つ』という動作を教えられないんです。現実に、経験したことがないので」と危機感を持つ。

 その間、サッカーは1度も小学校の必修科目から外れたことはない。野球人口が減る背景には、野球に1度も触れたことがない世代が親になり、そして先生になっている現実がある。

 NPBは、主に「野球を体験したことがない小学校の先生」をターゲットにした取り組みを始めた。小学校の先生は、女性が6~7割といわれる。15年にカラー33ページのDVD付き野球教本を、全国約2万1000校に無料配布。年間8時間の授業に合わせたやさしい指導法を紹介し、12年からはプロ野球OBによる、先生のための授業研究会を毎年開催する。

 平田室長は「野球をやる子たちももちろん大事で、侍ジャパンを目指す選手の育成も大事です。ただ、その一方で、野球に1度も触れたことがない人たちに対して、接触率を上げる。これが今は重要」と言う。

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 今月8日の午後。横浜市青葉区、谷本公園に少年たちがやってきた。

 学童野球「市ケ尾シャークス」でプレーする4年生の少年は「ほとんど毎日来てます」と笑った。公園には高さ2・7メートル、幅7・2メートルの「ベース・ウォール」が設置されている。左腕から9分割されたストライクゾーンにボールを投げて、打者役の仲間と遊んだ。かつては団地やマンションなどで当たり前にできた「壁当て」。NPBが遊び場づくりを後押しする格好だ。

 安全面に最大限配慮するため、1基設置するのに数百万円の予算がかかる。現在全国で12基あり、まずは47都道府県に1基ずつを目標に取り組んでいる。平田室長は「壁の贈呈式の時に、子どもたちが壁に投げるとすぐに列の後ろに行ってしまった。(跳ね返った球を)捕らない。指導者にお聞きしたら『やったことがないから分からないです』と言ってました。我々は投げて、捕るまでが一連の動作だと思っていたけれど。あれはちょっとショックでした」と苦笑いする。壁当てのやり方も知らない子供たち。そんな子を1人でも減らす取り組みでもある。

 野球振興、底辺拡大のために全国を回って地道な活動を続ける。「野球をする人だけではなく、プレーはしなくても観戦したり、野球ゲームをしたり、野球の映画や写真を見たり。野球が好きな人、野球に興味がある仲間を増やす。そこが一番じゃないかと思います」。子どもたちが野球に触れる機会を増やし、親しみを持ってもらう。すべてはそこから始まっていく。【前田祐輔】


◆12基のベース・ウォール◆

北海道・新十津川小学校

宮城・仙台市立湯元小学校

埼玉・三郷市立八木郷小学校

千葉・船橋市高瀬町運動広場

東京・府中市立府中第三小学校

東京・港区立青南小学校

神奈川・横浜市青葉区谷本公園

愛知・豊川市立天王小学校

大阪・大阪市立明治小学校

兵庫・南あわじ市阿万スポーツセンター

広島・三原市立南方小学校

福岡・筑後市福岡県営筑後広域公園