日大一(東東京)に、「怪童」こと中西太氏(76=日刊スポーツ評論家)の血を引く孫がいる。岩田大輝投手(3年)だ。高松一(香川)時代に春夏3回甲子園に出場し、西鉄時代は闘志あふれるプレーで活躍した祖父の魂を受け継ぎ、古豪復活へ必死だ。
岩田の気力、体力は祖父譲りだ。先発でも救援でも投げられる。1度外野へ回ってからの再登板も難なくこなす。ピンチでも「打てるものなら打ってみろ」とばかりに、内角を攻める。昨夏、大会直前にメンバー落ちした悔しさをバネに練習してきた。中西さんと比較され悩んだ時期もあったが、「自分は自分、このチームで甲子園に行く」と吹っ切れ、ようやく遺伝子が開花した。
背番号1は左腕の高際一貴投手(3年)だが、岩田投手は右の「エース」だ。178センチ、73キロで球速は130キロほど。母の光子さん(46)は「引っ込み思案なので」と心配し、梅原恒雄監督(51)は「以前は不安そうだった」と話すが、今は「マウンド上で堂々としてきた。今大会は2人を中心に乗り切る」と2枚看板で戦うことを宣言する。主将の名良橋諭捕手(3年)にも「普段はおちゃらけた性格だけど、マウンド上では気持ちが強い」と言わしめるまでになった。成長したことで、高際のライバル心をもかき立て、刺激しあっている。
小学校入学前から水泳を習い、運動神経は抜群。小2で野球を始めた。中西さんには「自分の好きなことをやれ」と言われたが、迷わず野球を続けてきた。中西さんの高校時代のチームメートが日大に進学したことが縁で、日大一を選んだ岩田は、小6の時に中西さんとキャッチボールをした思い出がある。ボールを通じて「祖父のうれしい気持ちが伝わってきた」という。
偉大な祖父の現役時代はもちろん知らない。中西さんを師と仰ぐレイズ岩村を尊敬するなど、祖父の魂を受け継ぐ選手を追うのも自然な流れだ。祖父の座右の銘は「何苦楚」。何事も苦しむことが明日への礎となる-。成長した姿を、ラストサマーで見せつける。【茶木哲】


