本盗で先手!! 「SMBC日本シリーズ2016」第1戦。広島が足技で日本ハム先発大谷を揺さぶり、得意の重盗で先制した。2回1死一、三塁で重盗を仕掛け、三塁走者鈴木誠也外野手(22)が本盗に成功。4回には4番起用の松山、さらにエルドレッドが1イニング2発のソロを大谷に浴びせた。大技小技で大谷を攻略し、32年ぶり日本一へ大きな1勝を挙げた。

 赤い帽子の色は濃くなり、先端からは行き場を失った雨粒が、したたり落ちていた。その奥から緒方監督の鋭い眼光がのぞく。初戦の、それも大谷を相手にした先制点。どうしても欲しかった点を貪欲に取りにいった。2回1死一、三塁。打席の石原が命じたセーフティースクイズを2球ファウルにすると、仕掛けた。一塁走者安部を走らせた。

 「攻撃の中で、とにかく仕掛けて、仕掛けていって。まず先制点を、という気持ちで、選手にメッセージを送るということです」

 攻めのタクトに、申し子も呼応した。日本ハム守備陣の連係の乱れを見逃さない。三塁走者鈴木は捕手の二塁送球が投手大谷の頭上を越えた瞬間、恐れずスタートを切った。最後はクロスプレーで左手をのばした。重盗だった。「成功する、しないは別にして、思い切って攻めていこうと」と指揮官。雨でぬかるみ、機動力を発揮するには難しい環境。それでも武器は光る。大谷を揺らがせ、序盤にペースを握った。

 ズボンの右後ろのポケットには必ずストップウオッチを忍ばせる。グラウンド横の監督室にはA4サイズのクラッチバッグを持って入る。鮮やかな赤は、随分黒ずんできた。チャックを開けると、中には早朝から行うデータ分析の成果が入る。絶大な信頼を置くスコアラーのデータに自分で書き加え、蛍光ペンを何色も使い分ける。文字、数字だらけの紙は鮮やかに染まる。「僕たちはある意味、監督とも勝負です」とスコアラー。指揮官からの質問は鋭く、深い。曖昧な答えは、許されない。

 かつて3年連続盗塁王を獲得した緒方監督に迷いはなかった。安部は挟殺も想定した走塁。攻めの意図は伝わっていた。「うちの戦い方で勝てた。初戦でカープの野球が出来た」と緒方監督。真っ赤な大声援にも後押しされ、ナインの硬さもとれた。まさに水を得たコイ。4回には2発で追加点。7回には上位のタナキクマルで追加点を奪った。いざ32年ぶりの日本一へ。広島が、らしさ全開のスタートを切った。【池本泰尚】

 ▼広島は2回、三塁走者鈴木と一塁走者安部の重盗が決まり先制。シリーズの本盗成功は69年第4戦の4回に土井(巨人)が記録して以来、47年ぶり。シリーズの本盗成功はすべて一塁走者との重盗で、51年第4戦の3回蔭山(南海=一走飯田)62年第6戦の1回吉田勝(東映=一走張本)68年第5戦の3回土井(巨人=一走王)69年第4戦の4回土井(一走王)に次いでシリーズ史上5度目。土井と王のコンビは2年連続で決めている。先取点が本盗は62年第6戦に次いで2度目だが、本盗が決勝点になったのはシリーズ史上初めてだ。ちなみに、69年はセーフの判定に不服の捕手岡村(阪急)が球審に暴行を働き、シリーズ史上初の退場処分を受けている。

 ◆土井の本盗VTR 69年巨人-阪急第4戦の4回裏無死一、三塁。0-3と3点を追う巨人は、一塁走者が王、三塁走者が土井、打者は4番長嶋。巨人はフルカウントから王がスタートし、二塁送球を見た土井は本塁に突入した(長嶋は空振り三振)。コリジョンルールなどない時代。阪急の岡村捕手は「オレはブロックしか能のない男」と自信を持っていたが、土井は左足を岡村の両足間に差し入れた。土井は「1度よけるようなフェイントをかけて、素早く左足でベースタッチ。その足で地面を蹴って、自ら吹っ飛んだ。そうしなければ足は折れてしまう」。セーフの判定を下した岡田球審に暴行した岡村は、日本シリーズ史上初の退場となった。テレビ中継のスロー再生ではアウトに見えていたが、翌日の日刊スポーツなどには土井の足が本塁に達する写真が掲載された。巨人はこの回に一挙6点を挙げて逆転。9-4で勝利した。