【野球の国から取材メモ:戦後70年

 ~野球人が語る戦争と平和~】

 今回の連載に取り組み、あらためて「体験を聞く」ことは貴重だと感じた。

 第1回で紹介した元大洋の稲川誠さん。中国で過ごした子ども時代の話に引き込まれた。紙面では紹介できなかったが、敗戦後、中国軍によって北京から収容所のある天津まで送られた際、ホンさんという中国人が付き添ってくれたそうだ。稲川さんのお父さんがかわいがっていた人で、一家を心配してくれた。そんなホンさんの行動を、戦勝国となった周りの中国人たちは冷ややかに見ていたという。戦争に勝った、負けただけでは割り切れない、人のつながりがあった。

 もう、70年前のこと。細かい記憶は違っているかも知れない。ただ、稲川さんが、そう記憶していることに意味がある。過去の出来事を、その後の体験も踏まえて解釈し、今の私に話してくれた。そのことを、記事を通じて、読者の皆さんに伝えることができた。

 時が経つにつれ、社会から戦争の記憶は薄れていく。仕方ない。だからこそ、稲川さんの体験を文字に残せて良かったと思う。

 紙面に載せられなかったエピソードを、もう1つ。

 稲川さんがプロ入り後、従軍経験のある三原脩監督に言われたことだ。

 「三原さんは随分、昔の話をしてくれた。先輩の話を。『君たちが今日あるのも、君たちの先輩のおかげだ。そのありがたみをしっかり考えながら、やりなさい。食べ物も何もない時に野球が復活したのは、先輩たちのおかげだ』と、よく教育された。そん時は、あんまりピンと来ないんだよね。昔は昔。今は今だって」。

 稲川さんも人生経験を重ね、三原監督の教えを理解した。後に横浜の寮長となり、同じ教えを若い選手たちに伝え続けた。

 先人に学ぶ。「戦争と平和」というテーマに限らず、大事な姿勢だと言える。【古川真弥】