<阪神3-7楽天>◇16日◇甲子園

 楽天田中将大投手(21)が、甲子園で息を吹き返した。自己ワーストタイの7失点と乱調だった前回の登板から中6日。直球で押す本来の投球を取り戻し、7回3失点の10奪三振で今季5勝目を挙げた。駒大苫小牧高時代に日本一を経験した甲子園では、プロ4年目で初勝利。6回にはプロ初の適時打を放つなど高校時代とは一転して、阪神ファンで埋まったマンモススタンドを沈黙させた。

 黒土の一番高い所から見渡して、田中は流れた歳月を思った。せり出した銀傘も、その下を流れる電光掲示板も「あぁ、昔とちょっと違うんだ」と分かった。初めて足を踏み入れたのは7年前。「高校時代戦った場所。確かプロ1年目で投げたと思うんですけど…」と、スタンドを見上げしんみり言った。交流戦のタイミングが合って戻った甲子園。「阪神ファンの方の声援はすごかったですけど、こういう感じだったな、って」。マウンドの感触は何も変わっていなかった。

 前重心で黒土をギュッとつかみ、直球と、変わらぬ強さで腕を振る縦のスライダーで重量打線を翻弄(ほんろう)した。7回までの全93球の実に88%、82球が直球とスライダー。「ブルペンから良く軸にした」のは正解で、変化球を駆使して7失点した先週とは違う雄々しい姿だった。交流戦を前に阪神スコアラーは田中を直接見て研究。「腕の振りが弱い。田中にしかない怖さがない」とジャッジしていた。だが、「甲子園の」という枕詞(まくらことば)がついた田中は別だった。

 2回、ブラゼルを148キロのつり球で空振り三振。3回、新井に対し5球も内外角直球で押し、スライダーで空振り三振。城島は6回、インロー147キロで見逃し三振。「自分の基本はあのスタイル」と再確認するに十分の10奪三振だった。

 でも一番の収穫は、心から野球を楽しむという原点かもしれない。6回。中前へプロ初適時打。塁上でこぶしを握り「ヒットは(高校時代の)決勝以来かな?

 うれしかった」といい笑顔が出た。三振にほえ、好守にはグラブをたたき体中で自分を表現した。

 21歳にして楽天の屋台骨を支える。増す責任と比例して感情をあらわにすることが減ったが、ここは特別だった。登板前日、一礼しグラウンドに足を踏み入れた瞬間。天然芝の草いきれが浜風に乗り、田中の鼻をくすぐった。阪神の練習を見つめながら、口元に少し笑みをたたえ、穏やかな顔に変わった。「懐かしい感じがしましたね。やっぱり」。あのころを思い出した時点で、原点回帰の5勝目は必然だった。【宮下敬至】

 [2010年5月17日9時21分

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