<中日1-1阪神>◇16日◇ナゴヤドーム
度胸満点ルーキーが、圧巻デビューだ。阪神のドラフト1位・榎田大樹投手(24)が、中日戦1-1の6回からプロ初登板。無死一、二塁のしびれるような場面で、グスマンを三振、ブランコを捕邪飛。満塁とし、谷繁を空振り三振に仕留めた。続く7回も0封。1-1で引き分けたが、もう、中日も鬼門ナゴヤドームも怖くない!
ホッとした。真っ白い歯がこぼれる。激闘を引き分けた直後。榎田はニコニコと安堵(あんど)感を漂わせた。
榎田
緊張しました。ここまで緊張するとは…。マウンドに上がると足が震えた。(日本代表で)アジア大会も投げたけど、こんな緊張したのは初めてです。
プロ初登板は過酷な場面で訪れた。1-1と同点の6回裏。記念すべきマウンドに上がった。さすがの強心臓ルーキーも顔がこわばる。持ち味の制球力が影を潜めたが、耐えた。
先頭の3番森野に左前打を許し、1安打2四死球で2死満塁。最大のピンチに「逆に開き直れた」。8番谷繁に2ボール2ストライク。最後は内角143キロ直球で空振り三振に仕留め、城島とグータッチだ。7回は3人ぎり。2回を3四死球ながら、1安打2奪三振の無失点に抑えた。
1度だけ、母きよ子さんに手紙を書いたことがある。宮崎・小林西高2年の冬だった。正月休みを利用し、鹿児島・大崎町の実家に帰省。寮へ戻る朝、自分のベッドの枕の下に1通の手紙を隠した。「直接渡すのは恥ずかしくて…。掃除する時にでも見つけてもらおうと思ったんです」。照れて短文。「いつもありがとう。今年こそ甲子園に出られるように頑張るから」-。その日のうちに、母ではなく父から電話。照れ屋の母を想像し、また照れた。
高2の春、練習試合で肩甲骨の下に死球を受け、左肩の血行障害を抱えた。自宅近くに治療院があると知り、母は寝不足の毎日を買って出た。実家から宮崎の寮、寮から治療院、再び寮まで息子を送って、自宅へ。計8時間の運転を2カ月間、続けてくれた。コルセットも外れ、最後の1年を迎えた冬、どうしても気持ちを伝えたかった。
榎田一家の習慣がある。正月、家族で父晃さんの実家がある鹿児島市内の鹿児島神社へ出向き、母が息子にお守りを買う。例年はごく普通のお守り。今年は特別に黄金のお守りを渡された。「阪神カラーだからでしょうね」。数少ない私物の1つとして寮の部屋に持ち込み、大切に飾る。母に感謝し腕を振る。高校時代も今も、思いは変わらない。
榎田
内容は悪かったけど、ゼロに抑えてつなげたのは良かった。
息詰まる展開でのゼロ封は、快投と言っていい。真弓監督は「初めての登板でゼロに抑えたら良いでしょう」とルーキーをたたえた。名古屋を沸かせた激闘。謙虚な24歳は、間違いなく主役の1人だった。【佐井陽介】



