<阪神3-0DeNA>◇9日◇甲子園

 さよなら、アニキ。ありがとう、アニキ。1492試合連続フルイニング出場の世界記録を持つ「鉄人」、阪神金本知憲外野手(44)が、本拠地・甲子園で引退試合を行った。「4番・左翼」で先発出場。6回の第3打席、ライバルのDeNA三浦大輔投手(38)から中前打を放つと、すかさず盗塁に成功。本塁を狙って憤死するシーンもあった。最後はウイニングボールを捕球し、最後まで試合を盛り上げた。記録にも記憶にも残る男は、超満員の甲子園で現役生活を終えた。

 こみ上げるものをこらえるように、声を張り上げた。最後は絶叫した。真っ暗な甲子園の真ん中で金本が、叫んだ。

 「ファンのみなさま、夢をありがとう。心からありがとう。野球というスポーツ、野球の神様、ありがとうございました!」

 対戦相手のDeNAに「監督が目立っていてはだめです。意地をみせてください」と異例の訓示をし、一塁側ベンチ前を振り向き「自分のやり残したことを、託したいと思います」と鼓舞した。その目に映ったかわいい後輩たちから胴上げされ、ファンとハイタッチしながら甲子園を1周した。

 最後まで球場を沸かせた。6回、中前打で出塁すると、すかさず二盗を決めた。44歳6カ月、通算167個目の盗塁でセ・リーグ最年長記録を更新。続く新井貴の安打で果敢に本塁へ突っ込むなど、俊足で鳴らした全盛期を思い出させるプレーを見せた。「塁に出たら、走ろうと決めていた。新井には絶対に打つなよと言っていた。いいスタートが切れて、広島で元気のいい頃を思い出しました」。

 最後の打席となる7回2死一、三塁では、三浦の外角直球をフルスイングするも捕飛に終わった。長嶋茂雄の通算1522打点に1つ届かなかった。だが、守備でも9回2死から左飛をつかみウイニングボールを手にした。千両役者らしいラストゲームだった。

 「あそこで捕飛だから、僕はユニホームを脱ぐわけだから。納得しました。三浦は最後までコントロールがよかった。やられたけど、三浦らしさでやられたので、楽しかったです」

 運命の針が引退へと傾いた9月2日。南信男阪神球団社長と進退を話し合った。そこから10日間。金本は1人、重大な選択と向き合った。1人だった。誰にも相談しなかった。「少しでも相談したら、話が漏れて伝わる。自分が決める前に、報道される。そんなことは百も承知。だから全部1人で決めた」。孤独に答えを探した。最後の決め手は仲間でありチームだった。

 「チーム事情が、そんな時期にきていた。過渡期というか、このチームは世代交代しないといけない。改革しないといけない。自分はできることを全力でやる。でもそれが、誰かの出番を奪ったり、マイナスになることもある。だったらやめようと」

 引退を発表する9月12日まで3試合に代打で出て2安打した。来季も現役の手応えを膨らませながら、ゲームの大半をベンチで過ごした。耳の痛いバッシングに交じり「金本を使え」「先発させろ」と外野の声が聞こえた。自分のいないグラウンドに、答えはあった。誰よりも自分のことである出処進退を、チームのために決断した。ここでユニホームを脱ごう。チームのために退こう。

 実際は4人きょうだいの末っ子。なのに阪神移籍後は「アニキ」のキャラクターが定着した。「誰が言い出したんだろうな。不思議だな」と言いながら、明らかに年配の男性、女性からもそう呼ばれても振り向いた。縁がなかった関西地方で、兄貴分でいることは嫌いじゃなかった。移籍当初、宴会の席でまだ若かった鳥谷を涙ぐむまで責め、負けても緩いムードだったロッカー室で大暴れしたこともある。激しさも、アニキの一部分だった。

 プロ21年間。積み重ねた数字は出色の金字塔だ。個人部門でことごとく上位に名を刻んだ希代のスラッガーで、記録マニアで、レコードホルダー。骨が砕け筋線維がぶち切れても試合に出続けた鉄人。数々の称号でも金本のすべては言い表せない。出所不明の「アニキ」こそが、ファンにとって、ナインにとって唯一無二の代名詞だった。金本もまた、最後までアニキであり続けた。アニキのまま、グラウンドに別れを告げた。【町田達彦】