阪神金本知憲外野手(44)と、9日の引退試合で花束を渡した清原和博氏(45=日刊スポーツ評論家)が、「お疲れさま」の対談に臨んだ。プロ野球界に大きな足跡を残した2人が、ざっくばらんに語り合った。

 清原

 引退試合を近くでみさせてもらった。目に焼き付けようとね。

 金本

 最後、ホームラン打ちたかったですね。だめでしたけど。

 清原

 とにかくお疲れさま。ボクの中で金本選手はいつまでも引退しないイメージだったのに。カウントダウンが始まってからずっと寂しかった。

 金本

 ぼくもまさか今年やめるとは思っていなかった。キヨさんには発表する前日にメールさせてもらった。それから寂しいけどお疲れさまって言ってもらって。でもぼくはまだまだ。けがで言えば、キヨさんの方が悔しい、ふがいない思いをしたはず。ボクの肩のけがなら、キヨさんならまだまだやっていただろうなと。申し訳ないみたいな複雑な思いだった。

 清原

 ぼくは打つだけの期待だったけど、カネの場合はハードルが高い。打って守って走っての選手なんで。そのラインを保つのが難しかったね。

 金本

 心は何回も折れた。私生活がだめだった。お風呂に入っても右手が使えない。でも、もう1回復活した姿をみたいというファン、周りの方の声だったり、自分の意地。その両方でもう1度、頑張れた。

 清原

 カネは表情に出さない。ベンチを暗くさせないように明るくする。症状は決して急によくならない。でもベンチを明るくしてやっている姿を見て、心を痛めた。

 金本

 痛みをみせるのは弱みをみせること。それだけで相手は有利になりますからね。

 清原

 引退試合を見て、幸せ者だなあと思った。カネが広島からFAするとき、反対したよね。広島市民球場から甲子園球場、左打者にはきついあの浜風で。ましてや巨人ファンよりも阪神ファンの方が強烈。それを知っていた。でもカネが入って阪神は変わった。カネは猫を虎に変えた男だから(笑い)。巨人の投手陣がこれだけ恐れるのかと、守っていてそういう感じがした。

 金本

 そう言ってもらえるのはうれしい。あの時、キヨさん、よく言ってましたね「カネにぶつけろ」って。冗談ですけど。本当に猫が虎っていうのは表現がピッタリ当たっている。最近はまた猫に戻ってしまって、悔しいですね。

 清原

 最初に会ったのは、いつだったっけ。

 金本

 広島で3年目の春のキャンプ。松山での西武とのオープン戦だった。その時、キヨさんと面識はなかったんですけど、ぼくの(東北福祉)大学の先輩の大塚(光二)さんが西武にいたので、あいさつしようと。ウエート室に入って「大塚さんの後輩の金本です」と。完全にこじつけのあいさつなんですけど。とにかくキヨさんを目の前で見たくて。

 清原

 後になってカネが出てきた。プロ4年目か。大塚から「彼は今度オールスターでるからよろしく頼むな」と。その時に初めてご飯食べに行って。それからやったよね。ここまでの選手になるとは、夢にも思っていなかった。まだ線も細かったし、レギュラーになりたてだった。引退を決めた理由は何だったの。

 金本

 理由はいっぱいある。ここまで負けが込むと、チームは世代交代しないといけない、選手が入れ替わらないといけない。ぼく自身はグラウンドには立てましたけど、バットが反応しないで凡打。何で今まで打てたものが前に飛ばないのか。そういうのが悔しい。守っても投げられない。これでもだいぶ投げられるようになったんだけど、バックホームができない。いろいろ積み重なっての決断だった。これで明日から体調を気にしなくていい、トレーニングしなくていいかなと。気楽な感じで、逆にそれが寂しい、張りがなくなる感じです。

 清原

 とにかく今はゆっくりしてほしい。心も体も1回リセットしてゆっくりしてほしい。ボクも花束渡した時に、言葉出てこなかった。ようやった、ようやったしか言えなかった。顔をまともに見られなかった。やりきった顔を見るといろんなことを思って、こっちが泣きそうになった。

 金本

 ぼくはぐっとこらえていましたね。やり残したこともあるけど、やり尽くしたこともある。きつい野球人生だけどいい野球人生でした。強いチームで野球ができて幸せだった。タイガースファン以外の人にも、球場に来て支えてもらった。ファンがあってのプロ野球。ファンがいなかったらプロ野球は成り立たないと思う。ぼくは少し休みますけど、これからも野球に携わっていくと思うので、頑張りたいと思います。