阪神・淡路大震災から20年となった17日、被災球団のひとつである阪神は鳴尾浜球場で黙とうした。球団旗が半旗のバックスクリーンを向いて、新人5人や北條や横田ら若手約20選手が整列してこうべを垂れる。高野栄一球団本部長は「被災地が復興してこそ今日がある。選手が勇気を与えられるよう、感謝の念を忘れずやってほしい」と話した。
阪神・淡路大震災で、甲子園球場の客席はひび割れた。目の前を走る阪神高速は横倒しになり、完成したばかりの鳴尾浜は液状化現象でグラウンドは泥だらけ…。当時、球団広報だった高野本部長は「甲子園はつぶれたと思いましたね。甲子園のオープン戦は全部、日生球場でやりました」と回想した。
当時は生後10カ月だったドラフト1位の横山は「阪神に入団した以上、関西のスポーツ選手として活躍して日本一になり、関西に明るいニュースを届けられたらいい」と意気込む。
20年前は現役選手として滋賀・大津で自主トレ中。ニュースを見て西宮の自宅に戻ろうとし、大阪駅からは徒歩でたどり着いた和田豊監督(52)も、思いを新たにする。「野球を通じてになるけどサポートしていきたい。(神戸優勝パレードについて)もちろんそういう気持ちでキャンプインするし、今季を戦います」との談話に力を込めた。



