2010年9月14日
小関順二のドラフト日記(9・5~9・12)
東海大・伊志嶺翔大外野手、世界大学野球選手権では日本の主将を務めた
◇9月5日(日)東京ドーム
都市対抗に1回戦から準々決勝まで通えば、見たい選手は大方見られる。勝負とは関係なく、選手のプレーだけに限定して話をすれば「準々決勝以降はもういいよ」となるのが普通の感覚だろう。しかし、準決勝の第2試合、JR九州-三菱重工横浜戦は新顔が多く出場し、楽しめた。とくにJR九州である。
米藤太一、浜野雅慎の左右両エースを温存したいということで、岡田聖志(26歳・右左・183-76)、金城賢一(20歳・エナジックから補強・左左・177-75)、菊地翔太(19歳・右右・186-90)を1回からつぎ込んだが、何と8-3で楽勝してしまった。意外性を強調したのは3人に実績がないからだ。しかし、ピッチングを見れば好投は不思議でも何でもなかった。
岡田はスリークォーターから最速147キロのストレートにスライダー、チェンジアップを交える力強いピッチングで3失点ながら5回0/3までゲームを壊さず、金城はトルネード気味の腰の回転から力強い球を投げ込み、とくにスピードガン表示(最速143キロ)以上のストレートの威力には目をみはらされた。菊地は最後の1イニングだけの登板だが、ストレートが最速149キロを記録し、2年後の「上位候補」を強く予感させた。
2年前のセンバツに出場した菊地をノートには「体の動く方向が上・下とも一緒で割れる部分がない。ピッチング練習では速いと思ったが実戦ではダメ。グラブ持つ左手の使い方がヘタ」と書いた。それから2年後、未完の部分を強く残しているが、見事な成長を遂げた。こういう選手たちを大舞台の準決勝で起用するJR九州のベンチワークは素晴らしいと思った。
◇9月7日(月)早稲田大学
雑誌『荷風』(日本文芸社)に書く原稿のため早稲田界隈を歩いた。私は野球の“遺跡”を歩くのが好きで、今年になってからは◇「日本野球発祥の地」の碑がある神保町の学士会館、◇石丸進一が特攻隊員として旅立った鹿児島・鹿屋基地、◇東陽町の洲崎球場跡、◇第1~2回まで全国中等学校優勝野球大会(現在の甲子園大会)が行われた豊中球場(グラウンド)跡、◇第3~9回まで同大会が行われた鳴尾球場跡、◇ベースボールを「野球」と和訳した明治時代の名選手、中馬庚(かのえ)の墓がある豊中・円満寺、◇西宮球場跡、◇藤井寺球場跡、◇平和台球場跡、◇日本で2番目のプロ野球チーム、宝塚運動協会の本拠地・宝塚球場跡、◇映画『最後の早慶戦』で今はなき安部球場として登場する上田城址公園球場(だいぶCG加工されている)などを、デジカメ片手で訪れている。
安部球場跡には現在、中央図書館などが入る早稲田大学総合学術情報センターが建てられ、そのセンター入口には早大野球部の恩人とも言うべき安部磯雄(初代早大野球部長)と飛田穂洲(初代早大専任監督)の銅像が鎮座し、安部像の右横には次のような碑文がしたためられている(抜粋)。
「この総合学術情報センターを訪れる方々は、どうかこの地に大学ゆかりの球場があったことを想起すると共に、先輩の方々の万感のこもる決断に思いを致して頂きたい」
安部球場の原稿は『荷風』でお読みいただきたい。
◇9月8日(水)自宅
終日家にいて、調べ物をしていた。そこで今日は、現在のドラフト1位候補・12人とはどんな顔ぶれなのか、独断と偏見で紹介することにする。
中村恭平(富士大・投手)、塩見貴洋(八戸大・投手)、加賀美希昇(法大・投手)、斎藤佑樹(早大・投手)、大石達也(早大・投手)、福井優也(早大・投手)、沢村拓一(中大・投手)、伊志嶺翔大(東海大・外野手)、大野雄大(佛教大・投手)、榎田大樹(東京ガス・投手)、山田哲人(履正社・遊撃手)、吉川大幾(PL学園・遊撃手)
この中で評価が一定していないのが中村、山田、吉川の3人で、彼らに代わって「俺が1位候補」と名乗りを挙げてもおかしくないのが次の5人だろう。
南昌輝(立正大・投手)、榎下陽大(九産大・投手)、佐藤達也(ホンダ・投手)、岩見優輝(大阪ガス・投手)、一二三慎太(東海大相模・投手)
本当なら1位候補に有原航平(広陵・投手)、島袋洋奨(興南・投手)2人の名前を入れたいところだが、それは4年後に期待することにしよう。
9月9日(木)夜、大久保で打ち合わせ
雑誌『ナンバー』の稲田修一さんと、雑誌中の短いコーナー「スコアカード」の打ち上げを兼ねて大久保で飲んだ。そこはホルモンを焼く煙がもうもうと立ち込める狭い店で、映画『パッチギ!』に出てきてもまったく違和感がない1960年代後半の雰囲気。大久保は友人のスポーツライター、佐野正幸さんともよく来るが、新宿とひと駅しか違わないのにどうしてこんなに安くて、いい店があるのかいつも不思議に思っている(新宿にもおいしい店はいっぱいあるが)。
「今年は大学生の年」と言われながら、大学生の上位候補が伸び悩み、無名の有望高校生が甲子園に多く現れるという現象に見舞われていることを稲田さんと話をしながら思い出した。無名の高校生なら成瀬功亮(旭川実・右右・182-81)にとどめを刺す。まだ「プロ野球志望届」が提出されていないので進路希望は不明だが、これほど遅く登場した逸材はどういう評価をもらえるのか非常に興味がある。
◇9月10日(金日)中大グラウンド
中大のエース、沢村拓一(右右・184-90)の取材で多摩センターまで来た。記事を掲載する雑誌は『ホームラン』(廣済堂出版)。編集者の大西鉄弥さんと、スポーツライターの矢島彩さんが一緒である(矢島さんは山崎雄飛投手の取材)。
沢村は雑誌『アマチュア野球』(日刊スポーツ出版社)で1回取材しているが、『ホームラン』ではドラフト云々より、ここまでの来し方、つまり沢村の野球人生にテーマを絞り、取材した。沢村はストイックに自分を律し、ウエートトレーニングのスケジュールを聞くと、追い込みたいときはシーズン中でも中1日で下半身をいじめるという。沢村のいないところで「好きな芸能人とかいないの?」とチームメートに聞くと、「竹内結子(女優)です」と教えてくれた。少し壁が低くなったような気がした。
高橋善正監督にも「真面目一方ではなく、少し脇道にそれたくらいのほうが人間的な幅ができて面白いんじゃないですか」と聞いた。沢村を形容するとき耳にする「凄い」とか「真面目」とかと異なった色合いの言葉をもらいたかったためで、質問を言葉通りに受け取られるのは本意ではない。野球で飯を食べる覚悟の人間なら、今の時期、真面目一方でないほうがおかしいのだ。
高橋監督は「う~ん」としばしの間、首をひねり、「それはまた先の話でしょう」と言った。沢村はいい監督に出会った。
◇9月11日(土)保土ケ谷球場→伊志嶺翔大外野手を取材
今日は伊志嶺翔大(東海大・外野手・右右・179-78)の取材だが、高校生の神奈川大会が先週から始まっているので、まずは保土ケ谷球場で試合を見ることにした。
取材時間の制約があるため第1試合の4回表終了時までしかいられなかったが、横浜高校の先発・柳裕也(1年・右右・182-77)を見られてよかった。いわゆる右の本格派で、軸足にしっかり体重が乗ったときは素晴らしいストレートがキャッチャーミットをたたく。それが数球しかないのが玉にキズだが、高校生の評価はベストの球を見て決めるのが定石。斎藤健汰(2年・右右・183-80)、山内達也(1年・左左・183-87)と組んだトリオは他校には脅威になると思った。
横浜戦を見終わってから取材した伊志嶺翔大は素晴らしかった。言葉のキャッチボールができた、と書くと自分でも青臭さが鼻を突くが、バッティングの根本をきちんと理解し、それをより確実にモノにするための努力も怠らない、そういう選手だと話してみてわかった。こういう大学生はめったにいない。
取材が終わり、雑誌『アマチュア野球』の小川誠志さん、カメラマンの武山智史さんと別れ、1人になると、とたんに酒が飲みたくなった。いい話が聞けた後とか、いい映画を見た後は必ず飲みたくなるのが私のクセである。新宿西口の思い出横丁(しょんべん横丁のほうが親しめる)から新宿3丁目に流れてから家路についた。
9月12日(日)神宮球場
東京6大学の早大-法大、東大-慶大を見た。早大はスタメンの顔ぶれが春にくらべると、ところどころ変わっていた。捕手が杉山翔大から市丸大介に変わり、杉山は一塁に入り、外野には土生翔平、山田敏貴の安定勢力に川西圭介が割って入り、春の首位打者・渡辺侑也は二塁を守っていた(春も守っていたが)。法大も1年生の河合完治が3番(三塁手)に入り、全体の印象を大きく変えている。
打では土生(3年・右左・180-76)、投手では福井優也(右右・178-78)が目立ったが、福井は左肩の早い開きが相変わらずあり、右打者への内角攻めを窮屈にさせていた。土生は来年の候補だが、走攻守が高いレベルで揃い、とくにバッティングには見惚れた。伊志嶺(東海大)も実践しているゆっくり始動とゆっくりステップをモノにし、第4打席では勝負を決定づけるライナーの本塁打を左翼席にぶち込んでいる。これほど見どころのあるバッティングをする選手は、東京6大学ではこの日の伊藤隼太(3年・慶大・右左・176-82)と田中宗一郎(立教大・右左・175-78)くらいしかいない。
第2試合の東慶戦では、2安打完封した福谷浩司(2年・慶大・右右・182-85)が素晴らしかったが、東大の2番打者・岩崎脩平(3年・右左・179-80)を敢えて取り上げたい。福谷に3打数無安打と抑えられても打席での雰囲気が只事ではない。どっしり構え、強打者のオーラをぷんぷん放っているのだ。始動もステップもまだ早く、打つタイミングを完全にモノにしていないが、振りの強さや打球の強さは慶大各打者とくらべてもまった見劣りがせず、守備では三遊間の深い打球を好捕、ワンバウンド送球でみごとアウトを取っている。近年、東大の打者でこれほどの選手を見た記憶がなく、これからは「東大の」という形容を取ろうと思っている。
※次回は9月21日掲載予定
- 小関順二(こせき・じゅんじ)
- 1952年生まれ、神奈川県出身。日大芸術学部卒。会社勤めのかたわら「ドラフト会議倶楽部」を主宰。本番のドラフト会議直前に「模擬ドラフト会議」を開催し注目される。その後スポーツライターに転身。アマチュア野球を中心に年間200試合以上を生観戦。右手にペン、左手にストップウォッチを持って選手の動きに目を光らせる。著書に「プロ野球問題だらけの12球団」ほか多数。家族は夫人と1女。
- 矢島彩(やじま・あや)
- 1984年生まれ、神奈川県出身。5歳くらいから野球に夢中になり、高校時代にアマチュア野球中心に本格観戦を開始。北海道から沖縄まで飛び回り、年間150試合を観る。大学卒業後フリーライターに。雑誌「アマチュア野球」(日刊スポーツ出版社)などに執筆中。好きな食べ物は広島風お好み焼きと焼き鳥(ただしお酒は飲めません)。趣味は水泳。
- 福田豊(ふくだ・ゆたか)
- 1962年生まれ、静岡県出身。85年日刊スポーツ新聞社入社。野球記者を11年。巨人、西武、日本ハム、アマ野球、連盟などを担当。野球デスクを7年勤めた後、2年間の北海道日刊スポーツ出向などを経て、現在は毎朝6時半出社で「ニッカンスポーツ・コム」の編集を担当。取材で世話になった伝説のスカウト、木庭教(きにわ・さとし)さん(故人)を野球の師と仰ぐ。「ふくださん」の名前でツイート中。
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