三木たかしさん死去、昭和の音楽リード
「時の流れに身をまかせ」「津軽海峡・冬景色」などの演歌・歌謡曲から、ポップス、アニメソングまで約2000曲を手掛けた作曲家三木たかし(みき・たかし)さん(本名・渡辺匡=わたなべ・ただし)が11日午前6時5分、入院先の岡山市内の病院で下咽頭(いんとう)がんのために亡くなった。64歳だった。東京都出身。。通夜は19日、葬儀・告別式は20日に東京都港区の増上寺で営まれる。喪主は妻恵理子(えりこ)さん。
演歌だけでなく、西城秀樹「ブーメランストリート」、わらべ「めだかの兄妹」などのポップスからアニメソング「アンパンマンのマーチ」まで幅広く手掛けた三木さん。約4年のがんとの闘病の末、30歳下の最愛の妻恵理子さんに見守られながら旅だった。
06年7月に下咽頭がんで声帯の半分を切除。のどの感覚を失わないために、左腕の皮膚と神経を移植した。昨年3月には弟子の歌手保科有里のコンサートに参加。手術の影響で思うように動かない左手でギターを弾きながら「仲間と音楽ができることは幸せ」と笑みを見せていた。
だが、昨冬にはのどを再手術。声を失っても音楽への情熱は燃やし続け、今年1月13日にはNHK「歌謡コンサート」に生出演。妹の歌手黛ジュン(60)と共演したのが最後のテレビ出演となった。
先月末には病院のある岡山から東京に戻る予定だったが体調を崩して中止。10日になって容体が急変し、そのまま帰らぬ人となってしまった。黛は滞在先の沖縄から駆けつけたが臨終には間に合わなかった。「兄のギターで歌っていた幼い日々や、初めて兄の作品を吹き込んだ時のことが次々とよみがえってきて言葉にできません」。NHKで歌唱した兄の作品「さくらの花よ 泣きなさい」のタイトルと同じく、憔悴(しょうすい)しきった表情で、兄の側でただ泣き続けたという。三木さんの遺体はこの日午後3時ごろに岡山を出発。12日午前1時すぎに陸路で都内の自宅に戻り、新幹線で一足先に帰京した黛ら親族に出迎えられた。
もともと三木さんは歌手志望だった。15歳ですでに都内のダンスホールでマイクを握った。19歳で作曲家に転身すると67年に「恋はハートで」でデビュー。西城秀樹、アグネス・チャン、岩崎宏美らに楽曲を提供し、70年代には売れっ子作曲家に躍り出た。77年には岩崎宏美「思秋期」と石川さゆりの「津軽海峡・冬景色」で日本レコード大賞の中山晋平賞を受賞。10年の節目で、作曲家としての評価をしっかりと固めた。
80年代入ると作詞家荒木とよひさ氏(65)とのコンビで一世を風靡(ふうび)する。テレサ・テンの「つぐない」「愛人」のヒットを生み、「時の流れに身をまかせ」はレコード大賞の金賞に輝いた。近年は舞踏音楽家としても活躍。劇団四季ミュージカル「李香蘭」などの音楽を担当した。
音楽一筋に半世紀。音楽界への確かな歩みと、人の心への多くのメロディーを残して三木さんが逝った。
[2009年5月12日8時10分 紙面から]
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