若隆景と若元春が弟として感じたこと… 大波3兄弟の長男・若隆元が若者頭へ転身

大波3兄弟の長男、若隆元(34=荒汐)が夏場所いっぱいで引退し、日本相撲協会に若者頭(わかいものがしら)として採用されました。

ケガや年齢、そして裏方の空きが出るタイミングなどが絡み合い、転身の決断をしました。

3兄弟同時関取を夢見ていた3人の思いは複雑ですが、これもまた人生。本人はもちろん、次男の若元春(32)、三男の若隆景(31)に長兄への思いを聞きました。

大相撲

3兄弟で撮った写真

夏場所千秋楽から3日後の5月27日のことだった。

日本相撲協会は20人の引退力士を発表した。その中に、若隆元の名前があり、「若者頭へ転職」と記されていた。

その3日後の5月30日、国技館で大山親方(元小結北勝富士)の引退相撲があった。若隆元は3Lサイズの協会ジャンパーを着て、若者頭としての初仕事を始めていた。

やや戸惑いの表情も交えつつ、すれちがう親方衆や関取衆に次々とあいさつをしていく。

若者頭は幕下以下の力士の指導や、本場所の進行業務が主になる。定員は8人で、現在は6人が在籍。新規採用は主に引退した十両、幕下の力士から、適任と認められた者が日本相撲協会によって採用される。通称「カシラ」。


若者頭最高位所属部屋
前進山十両2枚目高田川
栃乃藤前頭11枚目春日野
虎伏山幕下2枚目春日野
琴裕将十両13枚目佐渡ケ嶽
千代丸前頭5枚目九重
若隆元幕下7枚目荒汐

若隆元は若者頭の仕事のイメージについて「全然…。ちょっと申し訳ないです。今まで意識してみたことがなかったんで。もう本当に何をしているか全然分かりません」と正直に言う。先輩たちから、まずは仕事を教えてもらうことから始まった。

この日、若隆元が西の支度部屋に入ると、若隆景から声をかけられ、若元春を含めた兄弟3人で写真を撮った。

これまで何度も3人で撮ってきた。この日もまた、長兄の門出の日として画像に残した。

引退の理由

決断の理由は何か。若隆元に聞いた。

「やっぱり3人で上を目指してやってきて、首のケガとか、膝のケガもあって…。本当に幕下より1つ上の十両を目指すんだったら、今の状態ではもう厳しいかなと思ったタイミングで、そういう話だったんで…」

かねて首痛の持病があり、東幕下26枚目で迎えた3月の春場所では大けがを負っていた。6日目に寄り倒された際、左膝を痛めた。嫌な音がしたという。車椅子で運ばれた。

結果的に、これが現役最後の一番になった。

左は2歳の若元春、中央は3歳の若隆元、右下は10カ月の若隆景(以下、子どものころの写真はすべて父の大波政志さん提供)

左は2歳の若元春、中央は3歳の若隆元、右下は10カ月の若隆景(以下、子どものころの写真はすべて父の大波政志さん提供)

診断名は、左前十字靱帯断裂。4月2日に腱(けん)の再建手術を受けた。現役を続けるための決断でもあった。

リハビリを続けていた。そんなタイミングで、若者頭への転身を推す話が浮上していた。

若者頭の福ノ里(音羽山)が6月4日に65歳の定年を迎える。5月の夏場所は、最後の本場所だった。時津風一門の若者頭が不在となるため、一門から若隆元が推薦された。

福ノ里(左)と握手する若隆元(2026年5月31日撮影)

福ノ里(左)と握手する若隆元(2026年5月31日撮影)

福ノ里は言う。「(若隆元の)人柄と、普段からの真面目さがあって、僕らも理事の親方も勧めてくれたので、相談して決めました。どんどん仕事を覚えていってほしい。この仕事は、これが正しいっていうものはないんです。縁の下の力持ちとして頑張ってほしい。これで安心してやめられますよ」。

荒汐親方(元幕内蒼国来)の引退相撲で、化粧まわし姿を披露する若隆元(左)若隆景(中央)若元春(2022年10月2日撮影)

荒汐親方(元幕内蒼国来)の引退相撲で、化粧まわし姿を披露する若隆元(左)若隆景(中央)若元春(2022年10月2日撮影)

師匠の荒汐親方(元幕内蒼国来)によれば、人間性も仕事ができることも評価された上での推薦だったという。

こういう人事は、タイミングが大事。断ってしまえば、次にいつチャンスがくるか分からない。若隆元は推されるかたちで、若者頭になった。

わんぱく相撲の全国大会出場を決めた小学6年の若隆元(右)。中央は小学4年の若元春、左は小学3年の若隆景

わんぱく相撲の全国大会出場を決めた小学6年の若隆元(右)。中央は小学4年の若元春、左は小学3年の若隆景

最高位は東幕下7枚目。関取まであとわずかだった。

若隆元は学法福島高在学中の2009年九州場所初土俵。若元春は2011年九州場所、若隆景は2017年春場所で、それぞれ初土俵を踏んだ。若隆景が入門した時期に、兄2人は改名。戦国武将の毛利元就の3人の息子たち、毛利隆元、吉川元春、小早川隆景から取って、四股名が決まった。

最初に関取になったのは若隆景。2018年夏場所で新十両となった。2019年春場所で、若元春も十両に。弟2人は、幕内に上がって今も活躍している。

左から若元春、若隆景、若隆元

左から若元春、若隆景、若隆元

3人は史上初の3兄弟同時関取を夢見ていた。過去に「井筒3兄弟」と呼ばれた元十両鶴嶺山、元関脇逆鉾、元関脇寺尾は唯一の関取3兄弟だったが、同時ではなかった。

若隆元が引退して夢はついえたが、3人は前を向く。

若隆元は力士人生の一番の思い出について、こう話した。「やぱり、一番最後の場所で、若隆景が優勝した。優勝してくれたのがうれしかったです」。自分の相撲は挙げなかった。休場しながら、弟たちの相撲は欠かさず見ていて、若隆景の優勝は「自分のことのようにうれしかったです」とも言った。

夏場所千秋楽 優勝祝賀会会場で記念撮影する、左から父政志さん、次兄の若元春、若隆景、長兄の若隆元、母文子さん(2026年5月24日撮影)

夏場所千秋楽 優勝祝賀会会場で記念撮影する、左から父政志さん、次兄の若元春、若隆景、長兄の若隆元、母文子さん(2026年5月24日撮影)

若元春に、兄の決断について聞いた。

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スポーツ

佐々木一郎Ichiro Sasaki

Chiba

1996年入社。特別編集委員室所属。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。