歴史的一戦の裏側に迫る「G1ヒストリア」。番外編として、香港国際競走の勝利馬を掲載する。番外編<1>は、01年の香港ヴァーズで念願のG1初勝利をつかんだステイゴールドをピックアップした。G1で2着4回という善戦マンが、ラストランで栄光をつかんだ一戦。当時、池江泰郎厩舎で調教助手を務めていた池江泰寿調教師(54)を取材した。

01年12月、香港ヴァーズでエーカー(奥)をゴール前で差し切り優勝したステイゴールド(手前)
01年12月、香港ヴァーズでエーカー(奥)をゴール前で差し切り優勝したステイゴールド(手前)

誰もがその勝利を願っていた。ステイゴールドの50戦目となるラストラン。香港の地でその時は訪れた。

陣営の願いはただ1つ、ステイゴールドがG1を勝つこと。有馬記念をラストランとする予定だったが、G1・7勝を挙げていたテイエムオペラオーが参戦予定だったため、勝つ可能性が高い香港を選択した。

レースは大外枠からスタート。中団の少し後ろを追走した。3コーナーからエクラールが徐々にロングスパートをかける。直線に向いた時はセーフティーリードを取られてしまっていた。「もう絶望的でしたね。引退レースも2着か、ステイゴールドらしい引退レースだなと…」。池江師がそう思った瞬間、さらに予定外のことが起きた。

これまでずっと左にもたれる癖があった馬が、生涯で初めて右にもたれたのだ。内ラチにぶつからんとした時、鞍上は即座に馬の手前を替えた。「あれは豊の神騎乗でしたね。途端にすごい脚に変わって…」。さっそうと駆け抜けるステイゴールド。エクラールを差し切り、「黄金旅程」の文字が一番に、ゴール板を通り過ぎた。

そんなステイゴールドだが、普段は「コブラみたいな目をしていて、草食動物じゃないんじゃないかと思うくらい怖かった」と師が話すほどの凶暴さを持っていた。厩舎の馬房をスタッフが前を通ろうとすると、突進してきていたという。

ただ、優勝した翌日の引き運動では様子が一変。かみつく、蹴ってくるが日常茶飯事の馬がやけにおとなしかった。「めちゃくちゃ穏やかになっていた。優しくてかみついたりも何もなかった。最後って分かっていたのかな」。

G1を取った達成感なのか、もう引退と分かっていたのか、それとも-。「名馬にはそういう不思議なことがよくある」。数々の逸話を残すステイゴールドは、そのひたむきな走りとともに、人々の心に残り続ける。【下村琴葉】