日本歴代2位の10秒01を持つ桐生祥秀(19=東洋大)が、ついに9秒台をマークした。男子100メートルは3・3メートルの追い風参考記録ながら9秒87で優勝。2・0メートルを超える追い風のため未公認となるが、電気計時では日本初の9秒台に突入した。レースではロンドン五輪5位のライアン・ベイリー(米国)を制するなど実力を証明。8月の世界選手権(北京)や16年リオ五輪へ、悲願のファイナリスト誕生も夢ではなくなった。

 桐生が10秒の壁はおろか、9秒9台も飛び越えた。電光掲示板の「9秒87」を見るとガッツポーズ。テキサスの青い空の下、衝撃的なタイムを刻んだ。

 4レーンの桐生は、自慢のダッシュ力「桐生ジェット」で一気に先頭。50メートル付近でトップスピードに到達した。隣は9秒88でロンドン五輪5位に入った25歳のベイリー。長身193センチの追い上げを振り切り、0秒02差で先着。9秒87は、まさに同五輪5位相当の好記録だ。

 「追い風参考だが、初めて9秒台が出てよかった。気持ちよくスタートできた。50メートルからはスピードに乗って、いつもよりリラックスして走ることができた。公認で出せればよかったけど9秒台を体感できた。客席も盛り上がって楽しさ倍増だった」

 記録が公認されるのは追い風2・0メートルまで。専門家のデータで、この日の走りを「追い風2・0メートル」で換算すると9秒96に当たる。同様に13年4月に出した10秒01(追い風0・9メートル)を当てはめれば、9秒93に換算される。日本で9秒台は手動計時で2度あるが、100分の1秒まで表示される電気計時では桐生が初めて。日本初の公認9秒台は文字通り秒読み段階だ。

 昨季は春先からけがが重なった。「やたらけがしたので、全部は覚えていない」とあっけらかんと笑う。ただ昨秋、左太もも肉離れによる仁川アジア大会欠場は違った。リハビリの最中にテレビ放送を見て「さすがに落ち込んだ。ずっと見てました。飯塚さんらみんなが頑張っていて…」。

 失意の冬には街で見知らぬ母子とすれ違った。子どもに「ほら、この人、あの」と指をさされ、母親から「昔、足が速かった人だね」と言われて、がっくり。けがの予防のために10秒00の日本記録を持つ伊東浩司氏にストレッチ法を学んだ。この日は昨年7月以来の100メートルだった。

 東洋大の土江コーチは「8月の世界選手権で今日のようなレースを連発すれば、表彰台にもいける」と太鼓判を押す。今春から大学2年となる桐生は「100メートルを走ることは楽しい。今回はレース終了後に疲れも痛みもない。冬の間に体の土台ができた」。次戦は国内屈指の高速コース、織田記念(4月18、19日・広島Eスタ)だ。もはや公認記録での9秒台突入は現実的な目標。世界選手権、リオ五輪での決勝進出も見えてきた。

 ◆日本人の「9秒台」 過去に手動計時で2度ある。95年4月に茨城・日立で伊藤喜剛が追い風9・3メートルで9秒8をマーク。99年には神奈川・平塚で、記録公認範囲内の追い風1・6メートルで、伊東浩司が“手動日本記録”9秒9をマーク。視認による手動計時は参考記録で、電気計時よりも0秒24速いとされる。