ケロちゃん19日両国大会でラストコール
「ケロちゃん」の愛称で親しまれた新日本の田中秀和リングアナウンサー(47)が、明日19日の両国大会でラストコールを迎える。1月28日に退社を表明したが、17日の平塚大会でも80年8月22日の初コールから25年かけてつくり上げた独特の前口上でリングを盛り上げた。ファンに夢の世界を感じてもらうため、演出でも過去にとらわれない企画で独自のスタイルをつくり上げた。新日本ではあと2日…。だが「生涯一リングアナ」として、今後もフリーで活動するつもりだ。
語りかけるような田中リングアナの前口上。大会が始まる。この日の平塚大会も同じだった。
「今日は天気もぐずついて寒いですけど、リング上ではいつもと同じ熱い戦いが行われます。体を縮めないで、大きな声を出して応援してください!」。
ファンを闘いの異空間へ導く。一気に盛り上がる場内。新日本独特の瞬間だ。だが、この雰囲気もあと2回で終わる。
19日の両国大会。ラストコールに思いを込める。「オープニングで『プロレスの方向性』を話そうかな」。25年務めた新日本を退団する。特別な別れのあいさつはなし。「いつも通り」でリングを去る。「主役は選手。『新日本』という肩書が取れるだけで、生涯一リングアナですから」。
80年の入団時。選手名は機械的に読み上げられていた。日本プロレス時代から続くもの。「これならテープレコーダーでも変わらない」。4日目にはそう思った。誰もがあこがれるリングアナ像をつくろうと決意。髪を伸ばし、目立つ服装に変えた。コールする選手の体重をパウンドからキロに改め、外国人選手やスター選手のエピソードを紹介。「コールに命を吹き込みたかった」。新しい名物になった。
先輩の倍賞アナからカエルに似ているからと「ケロヨン」と呼ばれた。それが「ケロちゃん」に変わり、ファンからも親しみを込めて呼ばれる。スター選手にも匹敵する人気者。それだけに退社の決断は衝撃的だった。「25日までは社員ですから」と理由は語らない。だが「本当は定年までやりたかった」。団体を愛していた。82年3月の広島大会で、メーンの試合が1分ほどで終わった。「テレビの時間内で終わらせた八百長」と言われて激怒。「中継に自分の勝利を入れたくて仕掛けた当然の結果」と2000人のファンに涙で反論した。
だから今の新日本には不満がある。「ぶっ殺す、つぶすなんて言っても信用されないですよ。お客さんが何を求めているのか、選手も頭を使わないと」。過去のコピーばかりの現状を「古い」と断じた。
大きな決断で緊張が切れたのか昨年末、25年間で初めて声帯を痛めた。「1月4日(東京ドーム大会)は10%の出来で本当に申し訳なかった。両国はなんとか回復させます」。向上心が強く、これまで満足したコールは1度もない。「新日本でもらった『ケロちゃん』の名は、大事な財産として持っていきます」。新日本の肩書を外した1人のリングアナとして、理想を追い続ける。【来田岳彦】
[2006/2/18/09:49 紙面から]
写真=関係者から花束を受け取り笑顔を見せる田中リングアナ(撮影・野上伸悟)
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