「タカマツ」が日本バドミントン界に初の金メダルをもたらした。女子ダブルス決勝で世界ランク1位の高橋礼華(26)松友美佐紀(24=ともに日本ユニシス)組が同6位のリターユヒル、ペデルセン組(デンマーク)を2-1で下し、頂点に立った。08年北京五輪4位、12年ロンドン五輪銀メダルと着実に育まれてきた日本女子ダブルスの系譜を受け継いだエースペアが歴史を塗り替えた。

 世界の「タカマツ」が、日本バドミントン史上初の五輪金メダルをつかんだ。183センチで左利きのリターユヒルと178センチのペデルセンの男子並みの強烈なショットを粘り強く拾い、高橋、松友両方が多彩な形で攻める。第1ゲームこそ落としたが、10年かけて熟成させたレシーブ力とコンビネーションで逆転した。

 今季は世界上位のペアが出場するスーパーシリーズに6戦出場して優勝3度。五輪までの主な国際大会で棄権を除けば41勝3敗と驚異的な数字を残した。この日の相手は対戦成績過去7勝4敗。それでも休養日だった前日には混合ダブルス8強の数野健太(日本ユニシス)ら男子選手の高速スマッシュを返す練習をこなし、万全を期した。

 「タカマツ」が結成されたのは宮城・聖ウルスラ英智学院高の07年秋。姉御肌でパワー系の高橋と、冷静でスピードが光る松友。「全く違う方が合う」と当時の田所監督が踏んだ通り、2人は相性抜群だった。10年を経た今、高橋は「連れ添った恋人」と関係を例える。けんかはしない。試合に負けて修正する意見が食い違えば、両方を試し、いい方を採用する。遠征の同部屋ではほとんど話さず、それぞれが好きなことをする。寄り添わない2人だからこそ、個の強みを残しながら、強くなれた。松友が思いきって前に飛び出しても、後ろで高橋がカバーする。高橋が打ちやすいように、松友が数手前から考える。2人に言葉はいらない。

 幼い頃、2人は「1人」が好きだった。奈良で生まれた高橋は、リカちゃん人形で遊ぶのを好んだ。徳島で生まれた松友は、人と同じやり方を嫌い、学習塾に通わず、独学で学年トップの成績を保った。そんな2人はシングルスで頭角を現し、小学校低学年から1つ違いの全国チャンピオン同士となる。初めて一緒にコートに立ったのは01年、松友の地元徳島・藍住町で行われた練習試合だった。「橿原ジュニア」の仲間ととともに徳島に向かう車の中で高橋は、松友との対戦を知り「負ける!いらん」と嫌がった。結果は高橋の圧勝。その日から2人は文通を始めた。それから15年。「まさかペアを組み、ここまで強くなれるとは思わなかった」と口をそろえる。

 かつてネットを挟み戦った2人は、コートで抱き合い、勝利をかみしめた。

 ◆高橋礼華(たかはし・あやか)1990年(平2)4月19日、奈良県橿原市生まれ。5歳で競技を始める。中学から宮城・聖ウルスラ学院英智高に入り、高2で松友とペアを結成。14年スーパーシリーズ・ファイナルで日本勢初の優勝。16年全英オープン優勝。165センチ、60キロ。家族は両親、妹。

 ◆松友美佐紀(まつとも・みさき)1992年(平4)2月8日、徳島県藍住町生まれ。5歳で競技を始める。徳島中を経て、宮城・聖ウルスラ学院英智高に入学。高橋とのダブルスで11~13年全日本3連覇。同大会早川との混合ダブルスでも13、14年と連覇。159センチ、50キロ。家族は両親、姉。