山崎がG1優勝、第10代名人位/競艇
<競艇:名人戦>◇最終日◇19日◇G1=鳴門競艇場
完ぺきな逃走劇だった。山崎毅(49=熊本)がインから一分のすきもない逃げで、第10代名人位に就いた。山崎は、直前にホーム追い風から向かい風に変わった中でもスタートで遅れることなく、1Mも新井敏司の差し、瀬尾達也のまくりを封じ、きっちり逃げ切った。G1優勝は93年11月の宮島周年以来、15年半ぶりで3回目。これで、来年3月のSG平和島総理大臣杯への出場権を獲得した。
インから先に1Mを回る。山崎はそれだけを考えていた。スタートはコンマ10。4番目だったが、追い風が向かい風に変わってもスタート勘に狂いはない。1M、差しに構える新井、トップSの瀬尾は握って攻めてきた。「外は見ていなかった。ただ、1Mをしっかり回る。(自分の中では)それだけだった」。先に回った山崎。少しでも失敗してくれれば、と思っていた新井も「完ぺきに回られた」と舌を巻いたターンは、ほかの攻めを全く寄せ付けなかった。「自分は決め手のない選手。タイトルを狙って取れるような選手でもない」との自覚があった。しかし、この見事なターンが、15年半ぶりのG1タイトル“名人位”を引き寄せた。
「昨日(準優)から、1号艇で心臓ばくばくでした」。この2日間は、かつて味わったことのない緊張感とプレッシャーとの闘いだった。それでも「進入が、オールスローになったのはラッキーでした」と、肝心なところでは冷静さも失わなかった。
昨年は予選落ち。それが今年はドリームメンバーに選ばれた。自分が期するより、「地元でいろんな人に頑張れと言われた」という。そのドリームで2着。「いい流れに乗れたと思う」と、自分でつくった好リズムを最後まで生かし切った。
G1優勝はいつ以来、と聞かれ、「忘れました」と笑わせた。「2度とないと思っていたし、びっくりですね」。その山崎に「名人」の称号が付く。「SGはまだ先の話で、考えていないけど頑張らないと。でも、これが一番の思い出のレースになると思う」。新名人は最後も満面の笑みだった。【中川純】
◆山崎毅(やまさき・たけし)1959年(昭和34)7月3日、福岡県生まれ。79年3月に44期生で登録。同期には今回の名人戦に出場した小林昌敏、平子茂らがいる。79年5月に芦屋でデビューし、2勝をマークした。昨年初出場だった宮島の名人戦では予選落ち。G1優勝は93年宮島周年以来、15年半ぶり3回目。今回の優勝で、94年の常滑全日本選手権以来、15年半ぶりにSG(来年3月の総理大臣杯)に出場する。
[2009年4月20日8時52分 紙面から]
関連ニュース
※ニュースの日記を書く方法はこちらで紹介しています。
ソーシャルブックマークへ投稿
ソーシャルブックマークとは